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 クラスメイトがどっと笑った。男子も女子もみんなだ。当時の慎也が憧れていた美少女も笑っていた。 「何言ってんのか、わかんないよ」「正論ぶって、つまんない」「豚さんブーブー」  同級生の混ぜっ返しに、また笑いが起こる。ぼくの答えは正しいはずなのに。本にもそう書いてあるから、親切に教えてあげたのに。どうして誰もちゃんと聞いてくれないんだ。  慎也の記憶にある中学二年の教室は、いつも暗くて狭くて、動物園のよう。猛獣と同じ檻に一日閉じこめられる。毎朝登校するのがつらかった。  慎也は一人っ子で何不自由なく育てられた。欲しい物は何でも買ってもらえたし、食べさせてもらえた。中学生の慎也は超がつく肥満児で、運動も走るのもダメだった。五教科の成績はよかったが、体育の時間になると皆笑う。 「玉村のデブ! 豚さんブーブー」  みんなに馬鹿にされる。言い返すと、余計クラスは盛り上がる。それが嫌で、中二の頃は自分で「ブーさんでーす」と自虐ネタを振っていた。 「ハハハ、おかしい。玉村、ジュース買ってこいよ」  その年の夏、学校で自殺者が出た。プールで溺死したそうだ。慎也が登校すると、校門にパトカーが何台も並び、プールへの通路には黄色い規制線が張られていた。テレビのニュースにも流れ、原因は何だ、イジメだ、先生がどうとか、噂だけが広がった。結局生徒らには何も知らされないまま、元の静かな校内に戻っていった。  ある日の放課後、慎也はプールサイドにいた。何のためにかは、もう覚えていない。何もかも終わったプールは、透明な水を満々とたたえていた。かすかなさざ波がプールサイドに打ち寄せている。  慎也の視野の片隅に黒いものが映った。水底に沈む影。心臓が掴まれたようにギュッと縮む。怖くて動けない。顔を動かして、黒いものを直視することができない。それなのに、目をそらすこともできない。
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