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…――俺は人を殺すのが楽しくて仕方がない。
自分の手で相手の息の根を止める。そう考えるだけで射精感が昂ぶって興奮する。
うむっ。俗に言うイッてしまうというヤツだ。
もちろん、倫理や道徳に照らし合わせればソレは悪とされて許されない事だろう。
だが、自分の性を偽る事ほど愚かな事はない。
だからこそ自分を認め、自分という人間も存在してもいいのだ、と信じている。加えて自然という超法規的な環境下では殺人を好む人間とて可能性の一つだと考える。しかし、現状、ソレは法が許さない。だから周囲には自分の性を明かさないでいる。
夕方まで寝ていた俺は後ろ頭を乱暴に掻きい出してから何となくでTVを付ける。
連続殺人鬼が逮捕されるのは時間の問題です。
ようやくですが、そこまで追い詰めたのです。
我々は。
ああ、また、あの話題か。
うんざりするほど大衆はスキャンダラスな出来事が好きなようだ。
女を誘惑して自前のクスリを飲ませて、相手を眠らせるように殺す殺人鬼の話だ。
その男が話題に登ったのは、もう、かなり前。数年は、継続して、この話でTV局が欲しがる視聴率を稼がせてやっているはずだ。件の天才的な殺人鬼はな。しかも劇場型犯罪の典型で暗号文章などを送りつける大胆不敵さをも併せ持つ男だ。
ふふふ。
と俺は自分の愉しみを妄想して静かに微笑む。
殺せる内に殺してやりたい。俺は性を解放して自由に生きるのだ。
と……。
さてと。
とTVを消して机の上に置いてある財布と鍵を手に取り、スマホの充電を確認してから自分の部屋を出る。鍵を閉めたあと自家用車に乗り込んで馴染みのBARへと急ぐ。まあ、名前は明かさないが、高校時代の旧友がやっているジャズBARだ。
俺は片田舎の駅前に在る、そこへと辿り着く。
「いらっしゃい。おや、一人かい? 珍しいな」
まあ、大体は女連れで来るからな。マスターの疑問は当然だろう。
「いいじゃないか。今日の獲物は、ここでってな。そんなところだ」
「獲物?」
「ああ、獲物。単なるナンパさ。今日の夜のお相手ってところだな。なにせ明日になれば満たされるから、その前祝いってところだ。だから、行きずりの女をな」
俺は席につきつつ、タバコを取り出して、ライターで火をつける。
ササッと俺専用の灰皿が目の前へと出てくる。
「やれやれ、本当に、お前は女にだらしないな」
とマスターは苦笑いする。
「それはマスターもだろ?」
「まあな、否定はしないよ」
兎も角、俺は、こうしてBARで飲み始めた。
獲物を物色しつつも、マスター、お奨めのマティーニを飲み干し、ウオッカへと。
タバコの煙を燻らせながらジャズに身を任せて静かに時を浪費させる。客足は思ったより良くはなく、夜の10時を過ぎるまで一人で飲んでいた。其処に一人のOL風の女が店へと足を踏み込んでくる。一切動じず、周辺視を使い、女の品定めする。
うむっ。
問題はないどころか、100点満点を超える。
と、心の中で独りごちて、それでも黙ったままで酒を喉へと通す。
「どうよ」
と小さな声でマスターが俺に耳打ちしてくる。
黙れよ。
と目で合図して女が何を注文するのかに注視する。勝負は一瞬だ。
……人を殺す時と一緒だ。
「マスターの、お奨めは?」
と言ったが早いか、お奨めを把握してる俺は先回りだ。マスターに、こう告げた。
「マティーニを一つ。あの女性に。俺の奢りだ」
マスターも気を利かせたんだろう、こう言う。
「マティーニは今日のお奨めカクテルですよ。あちらのお客様から」
無論、こういった小粋な、やり取りでも、こんなマニア好みのジャズBARに来るような女は慣れている。だからこそ、ここからが勝負だ。俺は女からの謝辞である右手を挙げる仕草が終わるか、終わらないかのタイミングで席を移り、女の隣に座る。
許可など取っている間に勝負は終わってしまうのだから、有無を言わせずにもだ。
座った〔……既成事実を作った〕あとに許可など取ればいいのだ。
「うむっ。迷惑だったか?」
「別に気にしてないわ……」
女の方も、やはり慣れていた。当たり前のよう素っ気なく応える。
「でも、お酒はありがとう」
そして、
俺は敢えて黙り、静かにジャズを愉しみながらグラスに入った酒を揺らし、のち乾杯と彼女に給仕されたマティーニのグラスへと自分のグラスの縁を充てる。女は強引な俺に苦笑いしながらも、どこか、惹かれるものがあるのか、乾杯と応じる。
まあ、ここまで来てしまえば、あとはコミュ力の問題に過ぎない。
女を飽きさせず、時に笑わせ、時に頷かせ、乗せてゆけばいい。俺とて、こういった事は慣れているから、抜かりがない。女が、どんな言葉を求め、どんな話題に興味が在るのかを探りながら、いい気分にさせてゆく。酒〔クスリ〕の力も使いながら。
そして、俺は女と一緒に店を出る事になった。
こうして、俺は今日の獲物を確保したわけだ。
マスターは二人で出て行くところを眺めながらも苦笑いしていた。
どうせ。
女にだらしないとか、思っているんだろうな。
まあ、当然だが、俺も敢えて否定はしないが。
そして、
俺達はホテル街に消えた。その後の事などエロスを描くものに任せておけばいい。俺たちの情事など、この話には、あまり重要な事ではないからな。とにかく、そうして、俺はホテルでの朝を迎えた。窓から射し込む朝日が、やたらと、まぶしい。
ベッドの上。隣では女が寝ている。静かにも。
動かない。まあ、当然か。動けなくなるほどの事をしたのだから。
その寝顔にキスをして、ありがとうよ、昨日はな。昂ぶりを鎮めてくれて、と心の中で、また独りごちる。ピクリとも動かない女の髪を撫でたあと静かに服を着る。そのあとスマホの電子決済を使ってホテルの支払いを済ませてから仕事に向かう。
「おはよう。今日は早いな」
同僚が欠伸をしつつ言う。
なにかに気づき、得心がいったように苦笑い。
「ああ。そうか。今日は、あの日か。あの日は早いもんな。お前は」
俺は応えない。頷くだけ。
「でも、珍しいよな。刑務官で死刑執行が好きなヤツなんて、お前くらいだよ。俺なんか執行日の前の夜は、全然、眠れないぜ。なんだか憂鬱な気分になっちまって」
うむっ。
法に則り、俺が人を殺せる唯一の日が、この日〔死刑執行日〕だから当然なのだ。
あの連続殺人鬼も、そろそろ捕まるだろう。そうしたら、間違いなく死刑だ。その死刑が行える日が今から待ち遠しいぜ。ワクワクしながら目の前の死刑で自分の興奮を最高潮へと持って行った。あの女との情事にも負けないくらいの昂ぶりを……。
その頃。
「ふああ」
ホテルの一室で、あの女が目覚めた。まだ眠たそうに目をこする。
「昨日は本当に凄かったなぁ。あの人のイキオイで殺されるかもって思わせられるほどに感じちゃった。ああ、もう会えないのかな。また会いたいな。惚れたかも」
と思わず独り言を呟いた。
ガチャン。と死刑執行の合図とも言える音が、どこかで聞こえた。
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