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part 2
「お母さん、おはようには遅いけどおはよう」
母の部屋に来る前に、スタッフさんから昨日と一昨日は使用限度まで鎮痛剤を使ったと聞いた。今朝も使っている。がん患者は痛みを訴えることが多くあるらしいけれど、抗がん剤を強く拒否した母は病院でなくホスピスで過ごして鎮痛剤を投与してもらう。
「紗栄子」
それだけで十分だった。強い鎮痛剤が中枢神経系や末梢神経に対して作用しているから少し朦朧としているであろう母が私を私だと認識している。それだけで‘まだ母が生きている’と力が湧いてくる。
もういつお迎えが来てもおかしくないと先生に言われ、私も面会ごとに状況は理解しているので、力が湧いてくると同時に熱いものも込み上げるのだけれど泣くのはまだだ。お父さん、お迎えはもう少し待って…私とお母さんの時間をあと少しちょうだい。
私の中学入学式直後に病で亡くなった父に願いながら
「スイカとメロン、切って来たんだけど食べる?」
ほんの少しだけベッドを起こして母の様子を見る。
「おはよ…紗栄子」
「お母さん、おはよう。起こしちゃった?」
「ううん、もう起きてたから大丈夫」
最初の‘紗栄子’は寝言だったのかと思うくらいの会話が始まるのも初めてではない。
「昨日も食べてないでしょ?お母さんの好きなフルーツ、スイカとメロンを切って来たんだけど食べる?」
「ああ、ありがとう。お茶よりも嬉しいわね」
「うん?果汁にする?」
「食べたいわ」
「うん。じゃ、もう少し起こそうか」
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