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ひと呼吸置いても続く静寂の中、私は龍之介に無言のまま抱きしめられた。筋肉痛が痛くないように優しく、そっと抱きしめられながら聞いたのは、龍之介のお父さんでなく、藤堂組の組長の声だった。
「皆、聞いたな?」
「「「「「「はいっ」」」」」」「「「「「「「押忍」」」」」」」
「女一人自由にさせてやれない集団だとは思わない。そうだな?」
「「「「「はいっ」」」」」「「「大丈夫ッス」」」
「龍之介、紗栄子を」
紗栄子と呼ぶことにしたらしい組長の声で私は龍之介の腕から出て、組長と真っ直ぐに向き合った。
「明日から仕事を再開しようと考えた想いを率直に聞かせてくれ」
今は組長の半歩後ろ隣の姐さんも、黙ったままで私を見ている。
「うまく言えなくてもいい。全部ゆっくりと紗栄子の気持ちを聞かせてくれ」
「はい…カフェバーの勤務が私の日常になってきていたから…こういうお買い物を非日常のお楽しみだとするなら、日常生活は普通に送るのがいいなって。あとは…私が行かないことは…ぇっと…考え過ぎかもですけど…行けないんじゃないかと心配を掛けてしまいそう。ショックでとかケガでとか?たくさんの人に助けてもらったので…私は全員の顔もわからないけれど、勤務していたら見てくれるだろうから…助けてもらったから元気に普通に働けてるよって伝えられるから行きたいです」
大きな声じゃないのにやけに自分の声だけが響くと思った空間を揺らしたのは、芦田さんのお辞儀だった。
「芦田、行けるな?」
「はいっ」
「龍之介」
「はい。明日からシフト通りだ、紗栄子」
腰を折ったままの芦田さんの返事。私の肩を撫でる龍之介の手。どちらの思いもまだまだ複雑なものだろうと、分からないなりに推測する。でも私は大丈夫だよ、龍之介、芦田さん。
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