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「頭を打っていないか?」
私に触れそうな位置に膝をついたバリトンの彼が、起き上がり掛けて動きを止めた私の背中に腕を回し、上腕で頭を支える。
この男の声は…屈折しないで真っ直ぐ私に届く。
「触れるぞ」
私の頭を注意深くゆっくりと撫でる彼の黒シャツだけが視界に入る中で、屈折しないで届く声に思いを巡らせる。
私は時折、自分が水のように…丁寧に言うと自分の肌が水のように感じることがある。それはみずみずしいなどという意味とは全く異なるもので、自分の肌が声やことば、光などを屈折させて取り込むような気持ちになることがある。
「っ…」
「これは傷だな。アスファルトで傷ついた傷。左腕と左足、動かしてみろ」
言われるままに彼の体に触れていない左腕と左足を動かしてみる。左肘に傷があるようだけれど動くし、足も動かせる。
「ご迷惑お掛けしました。お時間取らせてすみません」
そう私が言うのと
「警察が到着するようです」
と高い所から別の声がするのは同時だった。
「余計なことを…」
黒シャツの彼の呟き声は聞いたことがあるようで、また思いを巡らせる。あ、でも…
「すみません、警察には私が飛び出して全面的に私が悪いと説明します」
「気持ちはありがたいが、それは聞いてもらえねぇだろうな。悪い、抱き上げるぞ。移動する」
「「承知」」「「「はい」」」
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