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竜と法王
「陛下は、ご自身で物語をおつくりになりたいのではないですか?」
どこまでも甘やかな微笑みをたたえて、その男は私の胸を跳ね上がらせる言葉をそっとささやいた。
「……聞いたことがないわ。竜に捧げる物語は最上のものでなければならないのに、その……私が、つくるだなんて……」
思わず目が泳いでしまう。つい先頃私が受け継いだばかりの執務室はそこらじゅうぴかぴかに磨き上げられていて、どこに目をやってもまぶしくて居心地が悪い。ひとしきりおろおろと視線をさまよわせてから、私は結局差し向かいの華やかな美貌にしかたなく視線を定めた。その男は竜に物語を奏するために集められた吟遊詩人のひとり。確か名はルルカといった。
「しきたりでは、国いちばんの吟遊詩人が竜に物語を捧げ、聖都市とその民への加護を願うことになっている。ルルカ、あなたは、我こそはと名乗り出てきたのではないの?」
ルルカは大仰にうなずいてみせる。
「ええ、もちろん私はこの国いちばんの吟遊詩人です。だからこそ、陛下のお望みにも察しがつきます」
「私は……そんなこと……、望んでいたとして許されるはずがない」
唇をかんで小さく首を振ると、ルルカは部屋の隅に置かれていた椅子に勝手に腰かけ、立てかけられていた四弦を勝手にとってつま弾きはじめた。
「そうでしょうか? 竜の加護を願うのであれば、竜が喜ぶ物語を捧げるのがいちばんのはず。聖都市と竜の間を取り持つのに、主人たる陛下お手製の物語以上にふさわしいものがあるとは思えません」
哀愁を帯びた音色が部屋に満ちる。私はしばらく黙り込んでしまった。
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