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 アルファの人というのは生まれながらに容姿も能力も優れていて、そこにいるだけで畏怖の念を抱かれることもしばしばだ。  だから彼らはプライドが高い。彼ら、と言うと他人事みたいに聞こえるけれど、散々自分を卑下してきた僕もその例外ではなく。  僕は容姿も能力も何もかもが平凡だけど、それでも小中学生の頃は周囲と比べてそれなりに学力が高いという自負があった。  この性格ゆえに表立って自慢するなんてことはなかったけれど、こっそり周囲のテストの点数を盗み見て自分の方が上だとひとり悦に入るような、そんな嫌な子供だった。  自分はアルファだから優れているのだ。しかしそんな思いは、高校に入ってアルファだらけの環境に身を置くことによって儚くも消え去った。 「秋人、しおりの件だけどさ」  十月に入り、修学旅行もずいぶんと近づいてきた。  しおり作成の作業も大詰めに入り、由貴くんは時間を見つけては僕を手伝いに来てくれている。  二人であれこれ構成を考えながら一つのものを作り上げていく時間はあまりに幸せで、永遠に完成しなきゃいいのに、なんて歯の浮くようなセリフが本気で頭に浮かんできてしまう。 「うわっ、すげぇ。イラスト細かいな。どうやって描いてんの」 「あはは。これしか取り柄がないもので……」  例えば中学時代、僕と同じクラスに由貴くんがいたとして。  オメガである彼がオメガであることを公言しながら毎回クラスで一番の成績を取っていたとして。  当時の僕はプライドを保ち続けることができただろうか。  由貴くんを、好きになることができていただろうか。  僕は和泉くんのことが許せないけれど、アルファであることを誇りに思っていた生徒たちは、多かれ少なかれ、由貴くんに複雑な思いを抱いていることは想像に難くない。  そしてそれを由貴くん自身が誰よりもわかっている。彼は頭がいいから、きっと何でもわかってしまう。 「あれから何か困ったことはない?」  作業中の図書室に誰もいないのを確認し、僕は由貴くんに問いかけた。 「あぁ、何もないよ。和泉も秋人が牽制してくれてるおかげで近づいて来ねぇし」  むむ、バレてたか。 「みんな普通に接してくれて助かってる。アルファとして振る舞ってた時よりも肩の力は抜けた気がするし、ある意味では良かったのかも」  由貴くんは肩を竦めた。 「でも……」 「でも?」  僕は由貴くんが続きを言づらそうにしているのをじっくり待った。 「いや。今度は『オメガ』として誘われることが増えたというか。家に来ないかとか、二人きりで遊びに行かないかとか。他意はないのかもしんないけど」 「なっ!」  僕は思わず立ち上がった。 「由貴くん! 絶対誘い受けちゃダメだからね!」 「あ、あぁ」 「しつこいようだったらすぐ僕を呼んで! どこでも駆けつけるから!」 「……ふっ」  由貴くんが笑うので、僕はカッと頬を熱くして再び椅子に座り込んだ。 「かっこいいな、秋人は」 「あ、いや、その……」 「頼りにしてる。誰よりも」  ……誰よりも。だって。  僕は湯気が立ちそうなほど顔を赤くして、しばらくその場に放心していた。   * * * 「……さて」  もうすっかり日も落ちた頃。  ついにしおりの原本は完成した。完成してしまった。 「過去一の完成度だな」  由貴くんは満足そうに何度もページを捲っている。 「全部由貴くんのおかげだよ。イラスト以外の部分はほとんど任せちゃったようなもんだし……」 「そのイラストが過去一なんだよ。早くみんなに見せたい。明日の朝先生に渡しに行こう」 「うん」  もうこれでおしまい。楽しかった時間が終わってしまう。  そう思うとしおりの完成を素直に喜べない自分がいる。 「じゃあそろそろ帰ろう、秋人」 「うん……」  原本を丁寧にファイルにしまう。鞄に荷物をまとめて立ち上がる。  まだ終わりにしたくない。そう思うと胸がどうしようもなく苦しくて、この苦しさは言葉にしなきゃ治らないような気がして。 「あのっ!」  先に図書室を出ようとした由貴くんの背中に向かって思わず声を上げていた。 「修学旅行、二人で一緒に回りませんか⁉」  あぁ、声が裏返ってしまった。やっぱりかっこよくなんてないよ、僕。 ドキドキしながら待っていると、彼は笑みを浮かべて振り返る。 「俺も今から同じこと言おうと思ってたのに」
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