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 夏休みが明けてもまだ、僕は自分がアルファであることを成瀬くんに話せずにいた。  話したら、この友達みたいな関係は終わってしまうかもしれない。僕が下心ゆえにベータのふりして近づいたと思われてしまうかもしれない。  そうなったら成瀬くんを傷つけてしまう。こんな僕と仲良くなれて嬉しいとまで言ってくれた成瀬くんを。 「むむむ……」  まだ残暑の厳しいある日の昼休み。机に突っ伏して唸っていると、真宮がジュースを買って戻ってきた。僕のぶんもある。  炭酸の入ったそれを一気に喉に流し込むと、少しだけ頭がスッキリした。 「ありがとう真宮」 「ん。それよりどうしたんだよ倉木。最近ずっと様子が変だぞ。いや、お前の様子がおかしいのは元からか」  うん? 最後のは悪口だよね? まぁいいや。 「いや、どうして僕はアルファに生まれてきてしまったんだろうって思ってさ……」 「何なんだ、喧嘩なら買うぞ」 「違うって。僕こんなにアルファっぽくないのに、どうしてアルファなんだろうって」 「アルファで何の困ることがあるんだよ」 「アルファには絶対に果たせない役割ってのがあるんだよ」 「どんな? 抱かれたいとか? 不可能ではないだろ」 「ぶっ」  僕は炭酸水を吹き出した。 「だっ……! ど、どちらかと言えば抱きたい方ですけど」 「成瀬を?」 「馬鹿馬鹿! ちょっと黙って!」  僕はドカドカと真宮の肩を殴った。 「そっそういう下心はよくない! ほんっとうによくない!」 「お前、下心持たずに人を好きになるの? いやでも、アルファ同士だからそういう感じ? 憧れみたいなもん?」  アルファ同士じゃないから困ってるんですけどね。  しかし成瀬くんの二次性は明かしてはならない。本当は僕も知っちゃいけなかったのかもしれない。  ハァとため息をついて俯いた僕を見て、真宮がぼそりと呟いた。 「……今日、帰りのホームルームで席替えするって聞いたぞ」  僕は弾かれたように真宮の顔を見た。 「せ、席替え?」 「そう。だから成瀬と隣で居られんの、今日が最後だと思う」 「そんなぁ……」  僕はがっくりと肩を落とした。  席替えひとつでこんなに一喜一憂するなんて、僕はみんなが小中学生で通る道をようやく体験しているのかもしれない。 「まぁ悔いなくやれば? 告るなら告った方がいいよ。高校生活なんてあっという間だぞ」 「そうだね……」  告白―─僕が告白したいのは自分の二次性なんだけどな。  たとえそれで嫌われて、友達でいられなくなったとしても、成瀬くんに嘘をつき続けることだけはやっぱりしたくないから。   * * *  そんなこんなで、あっという間に五・六時間目が終わり、帰りのホームルームの時間がやってきてしまった。  あぁ、これで最後なのか。わからない問題を二人で教え合ったり、休憩時間に雑談したり、こっそり寝落ちてる成瀬くんの寝顔を盗み見たり─なんてこと、もうできなくなってしまうのか。  教卓で急いで席替え用のくじを作り始めた先生が憎い。名残惜しくて、僕は隣の成瀬くんを見る。 「成瀬く―─」 「倉木!」  見れば、成瀬くんがいつになく慌てながら鞄をがさごそやっている。こんなに取り乱している彼は珍しい。 「ど、どうしたの?」 「抑制剤がない」 「え?」 「朝は確かにあったはずなのに。どこかに落としたか……?」  僕も一緒になって探すが、それらしきものはどこにも見当たらない。 「まずい、俺今ヒートなのに」 「ヒート⁉ 大丈夫なの?」 「前の薬の効果が切れかかってる」 「ほ、保健室行きなよ。あとホームルームだけだし帰っても大丈夫だと思うよ。僕が先生に伝えておくから」 「悪い……頼んだ」  成瀬くんは椅子から立ち上がると、フラフラした足取りで後ろの出入り口へと向かった。明らかに様子がおかしい。大丈夫だろうか。  ―─と思った矢先、彼の身体が傾いて、その場にくずおれる。 「成瀬くんっ‼」  僕は思わず飛び出していた。  それまで周囲と雑談に興じていたクラスの空気がシンと張り詰めて、視線が、一箇所に集まる。 「成瀬?」 「成瀬、大丈夫⁉」 「おい、しっかりしろ」  ガタガタガタ、と席を立って、みんなが一斉に彼の元へ駆け寄る。あぁ、彼の人望ゆえだ。でも来ちゃダメだ。今はダメなんだよ。 「成瀬くん、立てる? 教室出よう」  僕が肩を貸すと、彼はどうにか立ち上がった。めちゃくちゃ呼吸が荒い。それに身体が熱い。 「ごめん倉木……」  僕は首を横に振る。  クラスメイトの輪を掻き分けて教室の外へと向かう。  一度だけ振り返ればすぐにわかる、教室の異様な雰囲気。そうだよね。だって八割がアルファだもんね。そりゃあ、わかりますよね。  だって僕も正真正銘のアルファで、正真正銘、成瀬くんのヒートにあてられてしまっている。  荒くなった呼吸を噛み殺して、もう離れないとまずいなと思いながら、それでも彼の身体を支えられるのは僕しかいないので、気の遠くなるような長い道のりを保健室まで歩いたのだった。
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