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 ぼうっと窓の外を眺める。  青い空と穏やかに流れる雲。その下でどこかのクラスの生徒たちが体育のサッカ─をやっている。あっちこっちへ転がるボールを目で追いかけながら、僕は教科書の下に隠したクロッキー帳に成瀬くんの似顔絵を描いていた。 「はぁ……」  休み時間になり、ため息をついた僕を振り向いたのは、一週間前の席替えで僕の前の席になった真宮だった。 「おい、ため息ばっかつくなよ辛気臭いな……って、相変わらず絵が上手ぇな」  真宮は僕の手元を覗き込む。 「成瀬本人がいねぇのによくそんなそっくりに描けるよな」 「真宮……。僕は最低なことをしてしまった」  僕はハァと顔を覆った。  あれから一週間が過ぎた。成瀬くんはいまだ学校に姿を見せない。  あの出来事の翌日にはもう、彼がオメガであることは学年中に知れ渡ってしまったみたいだ。  そして僕の方はと言えば。 「お前、クラス中にベータだと思われてるお陰で、成瀬とは何の噂も立ってないぞ」  という、有難いのか有難くないのかよく分からない報告を真宮の口から聞かされたのだった。  それにしても。成瀬くんが学校に来られないのは、オメガであることがみんなにバレてしまったからだろうか。それとも、僕に会いたくないからだろうか。 「ヒートが長引いてるんじゃね?」  と、真宮は言った。 「連絡は取ってねぇの?」 「一応何度かメッセージは送ったけど、『大丈夫』ぐらいしか返ってこないんだよね」 「様子見に行ったら? あいつの家行ったことあるんだろ」  それができるならそうしたい。けれど彼が学校に来られない原因が僕なら本末転倒じゃないか。 「後悔するぞ」  いつになく真剣な表情で真宮が言った。 「このまま疎遠になっていいの? お前にとって成瀬はどういう存在なの?」 「どうって……」  僕はクロッキー帳を見つめた。 「大切だよ、すごく。大好きなんだ、本当に」 「だからそれを俺じゃなくて成瀬に伝えてこいって!」   * * *  放課後。僕はついに成瀬くんの家を訪れた。マンションの階段を上がり、玄関の前に立つ。久々だな。ここの家を訪れるのも、成瀬くんに会うのも。 ……久々だ。本当に。 「……うぅ」  どうしよう、僕はどんな顔で彼に会えばいい?  せっかく真宮が背中を押してくれたのに、ここまで来てインターホン一つがなかなか押せないなんて。  すると廊下の向こうの方から足音がやって来て、僕の背後で立ち止まった。 「倉木さん!」  振り向けば、視線はずっと下の方にある。ピンクのランドセルを背負った端正な顔立ちの女の子。 「ほ、穂乃花ちゃん!」 「お兄ちゃんに会いに来たんですか⁉」  穂乃花ちゃんはパァと顔を輝かせると、ドアを開けて、僕をぐいぐいと中に招き入れた。 「ちょ、ちょっと待って穂乃花ちゃん、心の準備が……」 「おかえり穂乃花。……あら?」  今度は大人の女性の声。  正面を見上げ、僕はぽかんと口を開ける。お、お母さんだ。驚いた。とんでもない美人である。しかしこの美形兄妹の産みの親と言われれば納得だ。 「お、お邪魔します。僕成瀬くんの……あ、じゃなくて」  美人母と美人妹に挟まれ、僕はしどろもどろになりながら言葉を発した。 「ゆ……ゆ、由貴(ゆき)くんのクラスメイトなんですけど」 「あら! もしかして心配して来てくれたのかしら。ちょっと待っててね」  そう言うと彼女は「由貴! お友達が来てくれてるわよー!」と廊下の向こうへ消えていった。  はあ、緊張する。というか成瀬くんの名前、初めて呼んだな。なんかめちゃくちゃ照れてしまった。  ぐいぐい、と穂乃花ちゃんが僕の袖を引っ張る。 「あっ、穂乃花ちゃん、あれから元気?」 「はい! ありがとうございました」  彼女はぺこりと頭を下げる。 「お兄ちゃんと喧嘩してたんですか? お兄ちゃん、倉木さんに悪いことしたってすごく落ち込んでました」 「けっ、喧嘩じゃないしお兄ちゃんは何も悪くないんだよ」 「そうですか」  ─―成瀬くんも僕と同じことを考えていたんだな。  そうこうしているうちに部屋着姿の成瀬くんが玄関に姿を現した。 「……倉木」  彼は何かを言いたそうに口を動かすが、結局下唇を噛んで押し黙った。僕も何かを言おうとするけれど、喉の奥が詰まったように言葉が出てこない。  微妙な沈黙が続く。 「あ、あの、ごめん、突然押しかけて」  僕はまたしどろもどろになりながら言った。 「……いや、こっちこそ心配かけてごめん」  成瀬くんはお母さんと穂乃花ちゃんの話し声のするリビングの方をチラリと見てから、「部屋くる?」と自分の部屋の方を指差した。  彼の部屋はいたってシンプルで、中央に机、それから隅にベッドと本棚が置いてあるだけだった。本棚の脇のバスケットボールとバッシュが、唯一ここは成瀬くんの部屋だって主張しているみたいだ。 「適当に座って、何か飲み物入れてくるから」 「あぁいや、お構いなく」  僕は顔の前で両手を振る。その時、トントンとドアがノックされて、お母さんが手にジュースとお菓子を持ってやってきた。 「倉木くん、でしたっけ? この間は穂乃花のことどうもありがとう」 「い、いえいえ、たいしたことは何も」 「由貴もよくあなたのこと話してるわよ。席が隣同士になって、仲良くなれて嬉しいって。本当に嬉しそうに話すんだもの。ねぇ、由貴」 「も、もういいから」  成瀬くんに押し出され、お母さんは「ゆっくりしていってちょうだいね」と部屋を出ていった。僕はペコリと頭を下げる。 「…………」  ズズ、とジュースを一口飲んだ。 「……悪かったな、倉木」  成瀬くんがぽつりと呟く。 「……違うよ、悪いのは僕だよ」 「違う。俺がヒート起こして勝手にサカって勝手に襲った。倉木は俺を助けてくれようとしただけ」 「違うって。元はといえば、僕がアルファだって伝えてなかったから」 「それは勘違いしてた俺が悪い」 「違……」  平行線だ。僕はいったん冷静になろうと出してもらったお菓子を食べる。 「そ、それにしてもずっと学校休んでるけど。行くのが不安? それとも僕に会いたくなかった?」 「どっちでもねぇよ。今朝までずっとヒートが続いて抑制剤もうまく効いてくれなかった。ズル休みだと思われてもしょうがないとは思ってるけど」 「えっ、そうだったの」  真宮の言った通りだった。しかし今まで抑制剤で完璧にヒートを抑え込んで無遅刻無欠席の実績を持っていた成瀬くんが。一体どうしたことだろう。 「……それよりさ、倉木。今から何か予定ある?」 「え? いや、何もないよ」 「ちょっと家の外歩きたいから付き合ってくれない? ずっと部屋に篭りっぱなしで身体が鈍っててさ。明日からは学校行きたいし」  僕は二つ返事で頷いた。
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