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 夕暮れの街を二人で歩く。まだまだ昼間は暑いけれど、この時間になれば時折ひんやりと冷たい風が吹いて心地いい。  成瀬くんと学校以外の場所でゆっくり過ごすのは初めてだった。彼は僕と違って日々とても忙しく過ごしているから、こうやってのんびり一緒に歩いているのはなんだか不思議な感じがする。 「……名前」 「え?」  ジャージ姿の成瀬くんが振り向く。いつもジャージで過ごしているのだろうか。すごく似合っている。 「由貴、って綺麗な名前だよね」 「そう? 女っぽくない?」 「ううん。その人によって、名前のもつ雰囲気って変わってくると思う。成瀬くんの名前だからかっこいい。綺麗でかっこいいよ」 「相変わらず何でも褒めてくるよな倉木は」  成瀬くんは照れたように笑った。 「秋人(あきと)、もいい名前だと思う」  僕は弾かれたように顔を上げる。今、僕の名前、呼んでくれた。 「絶対秋生まれなんだろうな、っていつも思ってた。でも実は春生まれだったり?」 「いや、なんの捻りもなく秋生まれだよ」 「じゃあ誕生日もうすぐ? いつ?」 「えーっと、今日……」 「今日⁉」  あちゃー、と顔を覆いたくなった。  自分の誕生日にわざわざ会いに来てアピールするなんて恥ずかしすぎる。  しかしもちろん僕にそのつもりはなかった。なんなら今の今まで自分の誕生日の存在なんて忘れていたぐらいだ。十七歳にもなってお祝いしてもらうのも恥ずかしいし、そもそもみんなに盛大に祝ってもらうようなキャラでもない。 「倉木、来て」  成瀬くんがぐいと僕の手を引いた。 「え、ちょっ」  僕はされるがままについて行く。  彼は住宅街を抜けて大通りに出ると、一軒の真っ白な外装のお店に入っていった。外装に負けないぐらい眩い店内。宝石みたいに色とりどりのショーケース。ケーキ屋さんだ。 「倉木、好きなの選んで」 「え、えぇっ」 「あ、甘いの苦手だった?」 「いやいや、大好きだけど!」  僕はドキドキしながらショーケースの前に立つ。  好きなの選んで、と色とりどりのケーキの前に送り出されることほど心躍る場面を僕は知らない。  定番のチョコレートケーキ、美味しそう。キラキラしたフルーツタルトにも心惹かれる。 「何かいいのあった?」 「チョコとフルーツタルトで悩んでる」 「じゃあ二つ買って分けて食べよう」  そう言うと成瀬くんはレジでお会計を始めた。とてもスマートだ。  それからまた二人で部屋に戻ってケーキの箱を開けた。成瀬くんが二つのケーキを半分ずつ切り分けてくれる。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 「こんなことしかできなくてごめんな」  いや、もう、十分すぎて胸がいっぱいだ。そもそも僕、お見舞いに来たはずだったんだけどな。 「誕生日おめでとう、……秋人」  ……名前!  ドク、と心臓が大きく鳴って息が詰まりそうになった。 「ありがとう、由貴くん……」  ケーキを一口掬って食べる。甘い。めちゃくちゃ甘い。頬が熱くてまともに彼の顔が見られない。こんな誕生日、僕は知らない。 「ゆ、由貴くんの誕生日も絶対お祝いするから」 「ありがとう」 「いつなの? 誕生日」 「クリスマスイブ」  ゴフ、と飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。そっ、それダメじゃん。僕が独り占めしちゃダメな日じゃん。 「あっ、その、お祝いしたいけど、全然、その、空いてる日とかでいいからね」 「何で? 俺待ってるから、当日……」 「えっ、あぁ、うん……」  また一口ケーキを掬って食べる。やっぱり甘い。そして沸騰しそうなほど顔が熱い。  ふい、と視線を逸らした由貴くんの目元もほんのり紅潮していて、彼も僕と同じ甘さを共有しているのかな、なんて少し大胆なことを考えてみたりする。
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