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二人で教室へ戻っていると、ふと廊下に人だかりが出来ているのが目に入った。みんなが集まっているのは掲示板。そこにはランキング形式で何人かの生徒の名前が書いてある。
「夏に受けた模試の結果だ」
僕は人垣の後ろから、どうにかつま先立ちで掲示板を見る。
「あっ、見て! 由貴くん学年三位だって!」
「へぇ、ホントだ」
「他人事すぎない!? もっと喜びなよ」
「秋人は十八位じゃん」
二十位までが掲載されている表を下から見ていくと、確かに十八位のところに僕の名前がある。
「び、微妙~」
「お前こそもっと喜べよ」
「二十位までのランキングの十八位なんて誰も見てないよ」
「俺は見つけたけど。写真撮っとこ」
由貴くんはスマホを構えてカシャ、と写真を撮った。
「いや、そっちじゃなくて自分の載ってるとこ撮りなって!」
ふと、背後からの視線に気がついた。僕たちは同時に後ろを振り向く。
「……さすが成瀬だな」
見ると、同じクラスの和泉くんが何やら笑みを浮かべてこちらへ向かって歩いてくるところだった。
彼も由貴くんと同等クラスの秀才であり、派手で華やかな風貌も相まって女子からの人気も高い。が、由貴くんと特別親しくしている様子はなかったように思う。
「何か用か?」
由貴くんは彼を警戒するように睨み据える。僕も何か嫌な感じがして彼を庇うように立った。
「いや、オメガなのに頭が良くてすげぇなって」
そう言うや否や、和泉くんはぐっと由貴くんの首元に顔を寄せる。
庇うように立っていたはずの僕は、存在そのものを認識されてないみたいに脇に追いやられた。むむ、なんて役立ずだ。
「―─成瀬。何でお前はクラス中の奴らの前でヒート起こしといて平気でいられんの?」
由貴くんは何も答えない。和泉くんはハッと笑って彼の肩を鷲掴みにした。
「お前、自分がオメガだって自覚あんの? アルファの振りしてみんなにチヤホヤされてさぞ気持ちよかっただろうな」
「……何が言いたい」
「忠告だよ。オメガなんてアルファに項噛まれりゃ一発でそいつのもんになる。この学校がどういう場所かわかってんなら、もうあまり目立つような真似はしない方がいい。身の程を弁えろってこと」
「…………」
和泉くんが背を向ける。由貴くんはその背中に向かってぽつりと零した。
「……俺の抑制剤隠したの、お前か?」
えっ、と声を上げそうになった。
……抑制剤を、隠した?
「だったらどうする?」
和泉くんは動揺ひとつしていない。
「どうしてそんなことをした?」
「だから忠告だよ。調子に乗ってると遅かれ早かれ痛い目見てたはず。そもそも今度の修学旅行、オメガは部屋も風呂も別だろ。バレるのは時間の問題だった」
「だからって……‼」
思わず僕は和泉くんと由貴くんの間に割って入ってしまった。
「抑制剤を隠すってことがどういうことかわかってるの⁉」
あれは番のいないオメガにとっての命綱。ヒートを起こした場所によっては性犯罪に巻き込まれる可能性もある。
実際、急にヒートを起こしてアルファから性被害を受けるオメガは後を絶たない。
「えー、それ倉木が言うの?」
和泉くんから冷たい視線を向けられ、僕は固まってしまった。
「ベータのふりして成瀬のこと犯した倉木が言うの?」
「……っ」
ダラダラと冷や汗が止まらない。図星であるから何も言い返せない。何で、どうして? 誰かに見られていた?
「なーんて。カマかけてみたらやっぱり図星だ。お前らあの後保健室でヤッてたんだ。なぁ倉木。オメガとヤるの気持ちよかった?」
「僕……僕は……」
「和泉」
由貴くんが僕の前に立った。
「俺から仕掛けた。あと秋人はベータのふりしてた訳じゃない。俺が気が付かなかっただけ」
「庇うのか。成瀬は健気だな」
和泉くんはそう言うとひらりと僕たちに手を振った。
「俺がどうしてお前のことオメガだって気が付いたのか……。頭のいい成瀬ならもうわかってんだろ?」
意味ありげに笑って去っていく和泉くんの背中を眺めながら、僕は嫌な鼓動を刻む心臓の辺りをぎゅうと鷲掴みにした。
バラしたの、僕じゃないよ。信じて由貴くん。
冷や汗の流れる顔を上げられないでいると、由貴くんはふぅ、と大きく息をついた。
「ゆ、由貴くん、僕……」
「疑ってないよ。秋人じゃない。別に心当たりがある」
昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴った。
「……はぁ。まあ、アイツの言う通りどっちにしろバレてただろうし。ああなったのも二次性隠してコソコソしてた俺の自業自得。教室戻ろう、秋人」
「…………」
「……秋人?」
自業自得なわけないでしょ。
クラスメイトに大事な薬隠されて、どうして平気でいられるの。
「由貴くん」
僕は彼の手を取った。やっぱり、震えてるじゃん。
「由貴くん。平気なふりしないでいいから。これから何か嫌なことがあったら全部僕に言って」
「……秋人」
「僕、次こそは君のこと守るから。……そうできるぐらい、強くなるから。お願い」
やがて由貴くんは頷いて、僕の手をギュッと握り返してくれた。
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