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 湯気の立ち上る水面をぼんやりと眺める。息を止めて、鼻まで湯に浸かってみる。窒息しそうだ。頭が茹ってのぼせてしまいそうだ。 「おい」  バシャ、と音を立てて僕の身体を引き上げたのは真宮だった。 「何温泉で溺れかけてんだよ」 「真宮ぁ」  僕は彼の身体に取り縋った。 「僕、由貴くんと恋人になっちゃった」 「マジで⁉ おめでとう」  また水中にブクブクと沈んでいく僕の身体を、再び真宮が引き上げる。 「どっちから告ったん? お前か?」 「告ったのは僕だけど……」  きっかけを作ってくれたのは由貴くんだったな。  きっと彼は分かっていたのだ。僕が告白したいと思っていたことを。それでいて、僕の方から言えるようリードしてくれたのだ。 「ちなみに成瀬は何て答えたんだよ」 「お、お、『俺も好きです』って」  ブクブクブク。僕はついに頭のてっぺんまで沈み込んだ。   * * *  すっかりのぼせてしまって足取りのフラフラする僕は、真宮に支られながら温泉を出た。  彼は僕を自販機コーナーまで連れて行ってくれる。 「あっ! 見ろ倉木。成瀬がいる」  真宮に小声で囁かれ、ぼんやりしていた頭が急激に覚醒した。  顔を上げれば、自販機の前で財布を開く由貴くんの姿が目に入る。 「成瀬ー!」 「あ、ちょっ」  真宮の声に由貴くんが振り向く。  真宮は僕の身体を由貴くんに押し付けると、そのまま「倉木のことよろしく」と笑みを浮かべながら走り去っていってしまった。 「…………」  由貴くんに抱き抱えられるような格好になった僕は、彼の肩口に額を押し付けたまま固まってしまう。  ドッドッドッ。  心臓の音がとんでもなくうるさい。  由貴くんの身体、お風呂上がり特有の良い匂いがする。ボディソープ、僕と同じの使ったはずだよね。どうしてこんなに良い匂いがするんだろう。  ……あれ、そういえば。由貴くん、僕が由貴くんを好きってこと知ってるんだ。そして僕も、由貴くんが僕を好きであることを知っている。  えっ、それって何だかとんでもないことじゃない? 「……秋人」  ドッドッドッ。  心臓がうるさい。顔が熱い。いやもう、身体中が熱い。 「あき……っ!」  由貴くんが急に慌て出した。何だろう。頭が熱くてぼんやりする。 「鼻血! 鼻血出てる!」 「へ……?」  右手を鼻の下に当てる。あれ、ホントだ。 「部屋行こう。俺の部屋すぐそこだから」  僕は由貴くんに抱き抱えられるまま彼の部屋に運ばれ、布団の上に寝かされた。  彼は自販機でお茶とかスポドリとかを買ってきて、更に部屋にあった団扇でパタパタと風を送ってくれる。  ……あれ?  僕温泉でのぼせて鼻血出して由貴くんに介抱されてる?  だ、だっさ! 今日恋人同士になったばかりの相手の前で鼻血出して介抱してもらってる! ダサすぎる! 「大丈夫か?」  由貴くんが横たわる僕の顔を覗き込む。なんて優しいんだ。 「うん……。もう鼻血も止まったみたい」  起きあがろうとすれば身体がよろけて、再び由貴くんに抱き留められてしまう。 「もうちょっと休んでけば?」 「ありがとう。でもここアルファ禁制だし……」 「秋人ならいいよ」 「せ、先生が見回りに来ちゃうから」 「消灯時間までは来ねぇよ。昨日もそうだった」 「でっでも僕由貴くんに迷惑ばっかり……」 「もうちょっと一緒にいてほしいって言ってんだけど」  顔を見合わせる。 「なっ……!」  僕はまたもや頭を沸騰させ、布団の上にバタリと倒れてしまった。   * * *  それから僕は由貴くんと、今日撮った写真を見たり売店で買ってきたアイスを食べたりしながらささやかで幸せな時間を過ごした。  これが終わりじゃない。向こうに帰ってからもこうやって一緒に過ごせるんだ。  今度は二人きりでどこか旅行に行って、同じ部屋に泊まって貸し切りの温泉に一緒に入る、なんてこともきっとできてしまうんだ。 「あの……由貴くん」  僕は野宮神社で撮った写真を見ながら思い切って口を開いた。 「由貴くんは神社で何をお願いしたの」  ドキドキしながら彼の目を見つめる。 「秋人は?」 「僕は……由貴くんと恋人になりたいです、って」 「じゃあもう叶ったじゃん」  彼がいたずらっぽく笑うので、僕も釣られて笑った。 「で、由貴くんは……」 「俺はまだ叶ってないから言わない」  ……ん? あれ?  これ、由貴くんも僕と同じことをお願いしてた、って流れじゃないの⁉ 「お、教えてよ」 「やだ」 「僕に言えないことなの?」 「言えないこともないけど」 「知りたい」 「じゃあ俺との勝負に勝ったら教えてやる」 「わかった。何やる? トランプもウノも持ってるよ」 「どっちも二人じゃ微妙だろ。腕相撲にしよう」 「教える気ないよね⁉」  案の定、僕は彼との腕相撲勝負で瞬殺されてしまった。  二回戦目は僕だけ両腕を使っていいということになったが、それでも負けてしまった。もはや強すぎて意味がわからない。いや、僕が弱すぎるのか? 「由貴くんって腕細いのにめちゃくちゃ力強いよね」 「筋肉は割とついてると思う」  そう言って彼は部屋着の袖を捲った。 「ホントだ! さすがバスケ部、かっこいい。触っていい?」 「いいよ」  僕は彼の腕に触れた。白くてしなやかで綺麗で、そしてとても頼りがいのある腕だ。  うぅ、抱き締められたい。めちゃくちゃ強くぎゅうってされたい。なんだか急に下心がむくむくと湧いてきてしまった。ダメだダメだ。首をぶんぶんと横に振る。 「…………ち、ちなみに腹筋も割れてたりします?」 「ふっ、触りたいならそう言えば?」  由貴くんはめちゃくちゃ笑っている。  カーッと頬を真っ赤にしていると、由貴くんはそんな僕の腕を取って自分の服の中に招き入れた。 「なっ!」 「どう? 割れてる?」  僕はおそるおそる手を動かして彼のお腹を撫でた。 「ワ……ワレテマス……」 「いや、それは嘘。そこまで割れてねぇよ」 「エ? アァ……」 「動揺しすぎだって。……っくく」  彼はまだ笑っている。  か、揶揄われてる! 僕の反応があまりに童貞っぽすぎて揶揄われてる!  僕は反撃に出る。彼の服の中で手を滑らせ、指先で胸の飾りに触れた。  彼はびく、と少し身体を震わせて僕の肩口に顔を埋める。熱い息が首元にかかる。突起をなぞる。指でつまんで引っ張る。カリカリと爪の先で優しく引っ掻く。  何をやってもビクビクと反応をくれて可愛い。 「……これ好き?」 「……好き」  彼が耳元で甘えた声を出してくる。何それ。そんな声出せるの。 「じゃあもっと触るね」 「ん」  静かな部屋に彼の吐息の音だけが響く。隣の部屋からは数人の男子が大騒ぎする声。  むむ、僕いまマズいことしてる。でももう止められないや。今回こそは共犯ってことでいいかな。ねぇ、由貴くん。
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