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「進路希望調査票配るぞー」
楽しかった修学旅行明けの朝一番のホームルーム。先生の第一声がそれである。もっとこう、慈悲というものはないのだろうか。
「一週間以内に提出するように」
先生はそれだけ言って去っていった。
クラスのあちこちからため息が漏れる。逆に、スラスラと空欄を埋め始めている生徒もたくさんいる。僕も何となく進路は決まっているので、さっさと埋めてしまってファイルの中に仕舞い込んだ。
チラ、と由貴くんの席へ視線を向ける。
ついつい彼がどうしてるか目で追ってしまうの、ストーカーみたいで良くないよね。
彼は文字を書いたり消したりを繰り返していたが、やがて諦めたように用紙を机に仕舞い込む。間もなく一限目の授業が始まった。
* * *
「由貴くん、進路どうするの」
彼はその日一日中用紙を前に悩んでいたようだったので、僕は昼休みに彼の席を訪れた。何か相談に乗れないかと思ったのだ。
すると彼は既に空欄を埋めていた。第一志望、某県の難関国立大学。
ううむ、流石だ。でも由貴くんなら行けちゃうだろう。しかも僕の志望校と同じ市内にある。お互い受かれば、大学生になってもたくさん会えそうだ。
「すごいなぁ。僕応援してるよ」
「あぁ……いや、これは違う」
そう言って彼は消しゴムを手に取り、第一志望の大学名を消してしまった。
「えっ、何で消しちゃうの」
「ここ家から通えねぇから。一人暮らしの分まで母さんに負担かけたくない」
由貴くんは消しゴムを机に置く。転がったシャープペンシルがカラリと音を立てた。
「……大学は奨学金借りてどうにかって感じ。母さんはどこでも好きなとこ行けって言ってくれてるけど、正直かなりキツイのわかってるから」
「でも由貴くん、そこに行きたいんだよね」
諦めきれないからずっと悩んでたんだ。僕が問うと、彼は首を縦に振った。
「……行きたい」
「よし由貴くん。高校出たら僕と同棲しよう」
「……は?」
彼はきょとんと目を見開いている。
「だから同棲しよう」
「どうせ……い?」
キンコンカンコン。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「じゃ、詳しいことはまた放課後に」
「あっ、ちょっと待て秋人」
混乱する由貴くんを残して自分の席へ戻る。でも内心僕も混乱していた。
同棲? 同棲って恋人同士が同じ家に住むことだよね。
僕が言いたかったのは、僕が大学受かったら住むことになってる、かつてばあちゃんが使ってた空き家に由貴くんも来ないかってことだ。
だって家賃いらないし、家は僕一人で住むには大きすぎるし。生活費は二人でアルバイトすれば余裕で賄えるだろう。ありがたいことに、僕は親から十分に仕送りもしてもらえることになってる。
そうすれば由貴くんの才能の芽は金銭問題によって潰されないで済むし、僕は毎日由貴くんと会える。これ以上ないぐらい完璧な案である。
そして僕と由貴くんは恋人同士なので、やっぱり同棲ってことで間違ってないよね。オシャレなマンションじゃなく古い一軒家だけど。
チラリと由貴くんの方を見る。彼もこちらを見ていたので目が合った。しばらくぼうっと見つめ合わせていると先生が教室にやってきて、五限目の授業が始まった。
* * *
放課後。早めに部活を終えた僕はバスケ部が練習場所として使っている体育館へと向かった。
入り口には数人の女子生徒が固まっていて、時折歓声を上げたり、かと思えばひゃっと顔を赤らめたりしている。間違いない。由貴くんファンの方々である。
僕は彼女らの隣に並んで、キュッキュッとバッシュの音が鳴る体育館の中を見遣った。
部員を二組に分けて、模擬試合をしている最中みたい。
「成瀬!」
バシ、と味方からのパスを受けた由貴くんは、ドリブルをしながらボールをゴール下まで運ぼうとする。けれどタイマーを見れば試合時間は残り三秒。
間に合わないよ。どうする由貴くん。
すると彼は飛んだ。スリーポイントラインの外側から。フワリと彼の手を離れたボールは見事に半円の軌道を描き、シュ、とゴールに吸い込まれていく。
彼の周りだけまるでスローモーションみたいに切り取られて、一挙手一投足から目が離せない。纏う空気までもが他とは違うみたい。吸い込まれそうになる。頭がクラクラする。
ヒィ、というファンの方々の悲鳴によって僕は現実世界に連れ戻された。
「成瀬先輩、かっこよすぎ……」
一人の女子生徒が顔を覆っている。わかるわかる、かっこいいよね。
「でもさ、知ってる? 成瀬先輩ってオメガらしいよ」
それがどうした! 僕は彼女らをキッと睨む。
「えぇ⁉」
「びっくりだよね。あたし成瀬先輩に抱かれてみたかった……!」
「抱く側じゃなく抱かれる側ってこと⁉ 嘘……成瀬先輩が抱かれてる姿全く想像できないんだけど」
なんて下世話な。想像できてたまるか。
一方体育館の中では部員たちが固まって、模擬試合の反省会が行われているところだった。
「藤田!」
「ハイッ!」
「積極的にシュートを狙いにいけと言ってるだろう! 自信がないからいつまでも人任せなんだ。明日からシュート練習を増やせ。人の五倍は練習しろ!」
「ハ、ハイッ!」
みんなの前に立っているのはバスケ部のキャプテンだ。隣のクラスの大柄な生徒。言ってることはごもっともだけど、藤田くん、みんなの前で怒鳴られて萎縮しちゃってる。
その隣に立って何やら記録しているのが由貴くんだ。彼は副キャプテンである。キャプテンのサポートや、マネージャーのようなことまでこなしているらしい。
三年生の女子マネージャーさんが引退して、後任を募ったところ、応募が殺到しすぎて保留状態となっているらしく、その間の役割を由貴くんが引き受けているというわけだ。殺到した原因は十中八九由貴くんだろうから、そのフォローを自らしているといったところだろうか。
* * *
さっきキャプテンに怒鳴られてた藤田くんが床にモップをかけている。一年生だろうか。気弱そうな子だ。
「藤田」
同じくモップを片手に彼のもとへやってきたのは由貴くんだった。
「ドリブルもパスも精度が上がってる。お前が毎日誰よりも真面目に朝練やってるの、俺もキャプテンもちゃんとわかってるから。期待してる。自信持て」
藤田くんはハッと顔を上げる。
「明日も頑張ろうな」
由貴くんはポンポン、と彼の頭を撫でると、掃除をするため自らの持ち場に戻っていった。
「成瀬先輩……!」
あぁ、藤田くん、もう掃除どころじゃなくなってる。目がハートになっちゃってるよ。彼氏持ちでありながら罪な男だ。
「かっこいい……!」
ファンの方々に混じって「かっこいい」コールを送れば、由貴くんはこちらに気が付いて少しだけ顔を赤らめた。
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