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 都内でも有数の進学校である新出(にいで)高等学校。  通う生徒たちのうち、およそ八割をアルファが占めている。  アルファの専門校でもないのにこうなってしまうのは、悲しいかな、上位の学校ではお約束のようなものだ。能力が高くて実家も太くて、将来が約束されたアルファ。そんな生徒たちによるキラキラした青春の場。 「ほんっと、俺らみたいに平凡なベータには居場所がねぇよなあ」  昼休み、購買で買ってきた菓子パンを頬張りながら、僕の唯一の友人である真宮(まみや)がうんざりとした様子でそう零した。 「体育祭も文化祭もアルファの決めたことにはハイハイって従わなきゃいけねぇし、黒板消しやトイレ掃除はベータの仕事。昼休みだって今みたいに隅っこに追いやられてる」 「僕は隅っこの方が落ち着くけどなあ」  母さん手作りのお弁当を頬張りながらそう呟けば、真宮は僕を見て苦笑いをする。 「そういやお前アルファだったな、倉木(くらき)。さっきは勝手にベータの俺と一緒にして悪かったよ。それにしてもアルファには見えねぇよな」  真宮はジロジロと僕の顔を見つめてくる。 「正真正銘、アルファだよ」 「だったら何で俺みたいなのと一緒に掃除押し付けられたり隅っこに追いやられたりしてんだよ」 「真宮と一緒にいるのは楽しいから。それだけ。別にいいでしょ」 「変なやつだな、お前」  真宮は少しだけ笑って紙パックのジュースを飲み干した。   * * *  僕と真宮は一年の頃からのクラスメイトで、二年に上がった今でもこうやって一緒につるんでいる。  僕は小さい頃から気弱で大人しい性格で、第二次性がアルファだとわかった時には何かの間違いではないかと親戚一同に驚かれたものだ。  ちなみに二次性は成長と共にアルファからベータになったり、逆にベータからアルファになったり――なんてことも本当にごく僅かながらあるらしいけれど、僕は十歳で最初の診断を受けてから現在十六歳に至るまで、ずっとアルファのままである。  「アルファです」と言って相手に怪訝な顔をされたり、「あぁやっぱり、倉木くんは優秀だもんね!」とお世辞を言わせたりするのにも疲れてしまったので、最近はもう、ベータってことでいいやという感じになっている。  クラスでも僕のことをアルファだとわかっている人、真宮しかいないんじゃないかと思う。先生は流石にデータとして把握していると思うけど。   * * *  時間を持て余した真宮が、飲み終わった紙パックを潰しながら教室の中央を見た。  僕もつられて同じ方向に目を向ける。  そこでは数人の男女が固まって、次の休日にみんなでカラオケに行く約束を立てているところだった。 「ね、成瀬(なるせ)も行くでしょ」  一人の女子がぐいぐい、と隣の男子の袖を引いている。 「あー、俺その日バイト」  その男子─―成瀬くんはスマホを手に持ち、おそらくスケジュールのアプリを確認しながら言う。 「堂々と言うなよ、うちの学校バイト禁止だろうがよ」 「あっはは、成瀬のそういうとこサイコー。ね、何のバイトしてんの?」 「カラオケ」 「マジかよ。んじゃ、全員で成瀬のバイト先冷やかしに行ってやるか」  成瀬くんはうざったそうに、来るな来るな、と右手を振って見せた。 「成瀬くんはアルバイトしてるのかぁ」  彼らの方を見つめたまま僕がぼんやりと呟くと、向かい側で真宮が苦笑いをする。 「お前、最近やたらと成瀬に執着してるよな。気でもあるんか?」 「別に執着なんてしてないよ。でもかっこいいよね、成瀬くん」 「そういや、席替えで隣どうしになったんだっけ」  一番後ろの窓際の席。そこが僕で、その隣が成瀬くんだ。  席替えをした当初、僕はそれはもうビビり散らかしていた。  と、いうのも。成瀬くんはキラキラしたアルファの生徒たちの中でも、飛び抜けてキラキラしているのだ。  艶々した黒髪に端正で切れ長の瞳。口数が多いわけじゃないけど、聞き上手で柔軟で、いつもみんなの輪の中心にいる。  試験の成績は学年でも毎回五本の指に入っているし、さらにはバスケ部のエースで学校内外に多くのファンを持つとか何とか。  もはやここまでくると完璧人間である。当然男女問わず人気があり、さぞかし忙しく充実した日々を送っているのだろうと思っていたら、まさかアルバイトまでやっていたのか。 「俺は意外だったよ。倉木お前、絶対成瀬のこと苦手だろうと思ってたのに」 「そりゃ初めは苦手……というか、怖くはあったけど。でもね真宮」  僕はずい、と身を乗り出した。 「成瀬くん、めちゃくちゃいい人なんだよ」 「お、おう」 「本当に、ほんっとうにいい人なんだ」  苦笑いをする真宮をよそに、僕はトクトク、と高鳴る心臓と、みっともなくニヤけそうになる表情を止められないでいた。
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