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 ─―あれは忘れもしない席替えの日。僕にとっては運命の日。  くじ引きをして、先に今の席についた僕が隣は誰かなあ、なんて九割の不安と一割の期待(この一割は真宮と隣になれないかな、という淡い期待である。僕は極度の人見知りなのだ)を胸にソワソワと周囲を見回していると、荷物を抱えて隣にやってきたのは成瀬くんだった。  僕はチラリと彼と目が合ったが、すぐに逸らしてしまった。  うわ、キラキラ完璧人間だ。怖い、助けて真宮。ドッドッと脈打つ心臓を押さえながらそう願うも、真宮は無慈悲にも遠くの席にいて、隣どうしになった女子と楽しげに言葉を交わしている。  真宮は自分のことを平凡なベータだのと卑下するくせに、サラッとこういうことが出来ちゃうのだからタチが悪い。  隣を見れば、成瀬くんも周囲の女子たちに成瀬だ、成瀬がいる、とチヤホヤされている最中で、僕は完全にアウェイだった。  帰りのホームルームで先生の話を聞きながらジッと耐え、耐え、耐えて、ようやく放課後になって自分の荷物をまとめていると、トントン、と誰かが僕の机の端を指で叩いた。  もう真宮が僕の席までやって来たのだろうかと思って顔を上げる。  成瀬くんだった。 『これからよろしく、倉木』  彼はフッと微笑むと、すぐに部活仲間に呼ばれて教室を去っていった。  僕はもう、呆然として、彼が去った十数秒後に『ウン、ヨロシク』と間抜けな返事をしていた。   * * * 「―─え、それで惚れたの?」  僕の話を聞きながら、向かいで真宮が本気で僕を心配するような顔つきになった。 「嘘だろ、チョロすぎない?」 「失敬な! 本当にびっくりしたんだよ。まさか成瀬くんが僕のこと認識していたなんて思わなくて」 「クラスメイトなんだからそりゃ認識してるだろうよ」 「しかも席替え後に挨拶してくれるなんて」 「成瀬じゃなくても普通挨拶ぐらいするもんだろ」  真宮がハァと大きくため息をついている。まずい、本当に呆れられている。僕には真宮しか友達がいないのだから、これで嫌われてしまってはおしまいだ。 「ま、まさかそれだけで惚れたわけじゃないよ」 「惚れてることは認めるのかよ」 「成瀬くんは優しいんだ、すごく」  僕は様々なエピソードを思い浮かべる。 「現代文の教科書忘れた僕に気が付いて、声掛けて教科書見せてくれたり……」 「そりゃ隣のやつが困ってたら教科書ぐらい見せるだろ」 「掃除当番を班のみんながすっぽかす中、成瀬くんだけは残って僕と一緒に机運んでくれたり……」 「それは当たり前なんだよ」 「授業の合間の休憩で、暇してる僕に雑談持ちかけてくれたり……」 「それができるからみんなにモテてるんだろうな、多分、みんな知ってる、既知の魅力だよ。気づいてなかったのお前だけ」 「なっ!」  僕は真宮の胸を拳でポカポカと小突いた。 「意地悪だな真宮は!」 「意地悪も何も事実を言っただけじゃん……」  真宮は軽く僕の拳を受け止めつつ苦笑いをする。 「しかしアルファがアルファに惚れるなんてなぁ」 「そういうの、普通だよ。アルファ同士のパートナーだってきっと沢山いるよ」 「いや、否定するつもりはなかったんだけど、ごめん。ちょっと珍しいなって思ったから」 「いいよいいよ、真宮にそのつもりがないのはわかってるよ。……でもさ」  僕も教室の真ん中でみんなに囲まれる成瀬くんを見る。 「成瀬くんって本当にアルファなのかなぁ」 「何言ってるんだ、成瀬がアルファじゃなきゃ誰がアルファなんだよ」 「いや、僕もそうだと思ってるけど。本人から聞いたわけじゃないからさ」  僕は基本的に本人から直接聞いた言葉しか信じない。周囲の先入観がいつしか共通認識になって、実際とは違っているってこと、世の中には沢山あると思うから。  他でもない僕が、周囲からはベータと認識されているように。
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