354人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
─―あれは忘れもしない席替えの日。僕にとっては運命の日。
くじ引きをして、先に今の席についた僕が隣は誰かなあ、なんて九割の不安と一割の期待(この一割は真宮と隣になれないかな、という淡い期待である。僕は極度の人見知りなのだ)を胸にソワソワと周囲を見回していると、荷物を抱えて隣にやってきたのは成瀬くんだった。
僕はチラリと彼と目が合ったが、すぐに逸らしてしまった。
うわ、キラキラ完璧人間だ。怖い、助けて真宮。ドッドッと脈打つ心臓を押さえながらそう願うも、真宮は無慈悲にも遠くの席にいて、隣どうしになった女子と楽しげに言葉を交わしている。
真宮は自分のことを平凡なベータだのと卑下するくせに、サラッとこういうことが出来ちゃうのだからタチが悪い。
隣を見れば、成瀬くんも周囲の女子たちに成瀬だ、成瀬がいる、とチヤホヤされている最中で、僕は完全にアウェイだった。
帰りのホームルームで先生の話を聞きながらジッと耐え、耐え、耐えて、ようやく放課後になって自分の荷物をまとめていると、トントン、と誰かが僕の机の端を指で叩いた。
もう真宮が僕の席までやって来たのだろうかと思って顔を上げる。
成瀬くんだった。
『これからよろしく、倉木』
彼はフッと微笑むと、すぐに部活仲間に呼ばれて教室を去っていった。
僕はもう、呆然として、彼が去った十数秒後に『ウン、ヨロシク』と間抜けな返事をしていた。
* * *
「―─え、それで惚れたの?」
僕の話を聞きながら、向かいで真宮が本気で僕を心配するような顔つきになった。
「嘘だろ、チョロすぎない?」
「失敬な! 本当にびっくりしたんだよ。まさか成瀬くんが僕のこと認識していたなんて思わなくて」
「クラスメイトなんだからそりゃ認識してるだろうよ」
「しかも席替え後に挨拶してくれるなんて」
「成瀬じゃなくても普通挨拶ぐらいするもんだろ」
真宮がハァと大きくため息をついている。まずい、本当に呆れられている。僕には真宮しか友達がいないのだから、これで嫌われてしまってはおしまいだ。
「ま、まさかそれだけで惚れたわけじゃないよ」
「惚れてることは認めるのかよ」
「成瀬くんは優しいんだ、すごく」
僕は様々なエピソードを思い浮かべる。
「現代文の教科書忘れた僕に気が付いて、声掛けて教科書見せてくれたり……」
「そりゃ隣のやつが困ってたら教科書ぐらい見せるだろ」
「掃除当番を班のみんながすっぽかす中、成瀬くんだけは残って僕と一緒に机運んでくれたり……」
「それは当たり前なんだよ」
「授業の合間の休憩で、暇してる僕に雑談持ちかけてくれたり……」
「それができるからみんなにモテてるんだろうな、多分、みんな知ってる、既知の魅力だよ。気づいてなかったのお前だけ」
「なっ!」
僕は真宮の胸を拳でポカポカと小突いた。
「意地悪だな真宮は!」
「意地悪も何も事実を言っただけじゃん……」
真宮は軽く僕の拳を受け止めつつ苦笑いをする。
「しかしアルファがアルファに惚れるなんてなぁ」
「そういうの、普通だよ。アルファ同士のパートナーだってきっと沢山いるよ」
「いや、否定するつもりはなかったんだけど、ごめん。ちょっと珍しいなって思ったから」
「いいよいいよ、真宮にそのつもりがないのはわかってるよ。……でもさ」
僕も教室の真ん中でみんなに囲まれる成瀬くんを見る。
「成瀬くんって本当にアルファなのかなぁ」
「何言ってるんだ、成瀬がアルファじゃなきゃ誰がアルファなんだよ」
「いや、僕もそうだと思ってるけど。本人から聞いたわけじゃないからさ」
僕は基本的に本人から直接聞いた言葉しか信じない。周囲の先入観がいつしか共通認識になって、実際とは違っているってこと、世の中には沢山あると思うから。
他でもない僕が、周囲からはベータと認識されているように。
最初のコメントを投稿しよう!