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 何度か顔を上げて、帳面と見比べる。輪郭線が定まったら、中心に補助線を引く。そして再び顔を上げる。  うん、やっぱり、成瀬くんってとんでもなく整った顔立ちをしている。何を今更という感じだけど。  机に置いた教科書と向き合っていると、女の子みたいに長い睫毛がよく目立つ。まっすぐに通った鼻筋、自然なのに赤みの強い唇。  そうやって顔を観察していると、ふいに顔を上げた成瀬くんとパチリと目が合ってしまった。 「見過ぎだって」 「そ、そういうもんだよ」  彼は微かに目元を赤くした。わっ、照れてる!  しかし成瀬くんならば人からの視線なんて慣れっこだと思っていたのに。 「かっこいいよね、成瀬くんって」  不意に呟いていた。もっと照れた顔が見たかったのだ。 「……そう?」 「うん、顔も中身も」  わぁ、案の定、さらに赤くなってる。 「……俺のどこ見てそう思ったの」 「どこって。ほら、今日の昼休みだって……」  僕はハッとして口を噤んだ。あの出来事に触れるのはまずかったかもしれない。  しかし成瀬くんは続きを聞きたそうにしているので、僕は思い切って再び口を開いてみた。 「『オメガ探し』の話。成瀬くんがああやってきっぱり言ってくれたおかげで、みんな安心したんだよ。ほら、最近ずっと教室の雰囲気悪かったし」 「あぁ、そう。それなら良かった」 「少なくとも僕は、とても声なんて上げられなかったから。本当にかっこいいよ、成瀬くんは」 「別に、自分が蒔いた種を自分で刈っただけ。俺を持ち上げるのは間違ってるよ」 「……まさか、成瀬くんが噂を広めたわけじゃないでしょ?」 「しねぇよ、そんなこと。でもさ倉木。そもそもこのアルファだらけの学校にオメガが入ってくるから面倒事が起きるんだって思わない?」 「……そんなこと、考えたこともないけど」 「本当に? クラスに一人オメガがいるばかりに他のやつまで疑われてさ」 「……成瀬くん。疑うも何も、オメガであることには何の罪もないよ」  成瀬くんはハッとして口を噤んだ。  しばらくの沈黙。僕は鉛筆を動かす手を止めない。 「……あの後、クラスで俺がオメガだって噂になってたのか?」 「ううん。誰もそんなことは言わなかった」 「……そう」 「定期検診のデータの件だって本当に誰かが見たわけじゃないと思うよ」  トントン、とクロッキー帳を縦にして消しカスや黒鉛の粉をふるい落とす。  うん。短時間にしては結構いい感じに描けたかも。 「できたよ成瀬くん!」  僕はクロッキー帳を彼に手渡した。  成瀬くんは顔を上げてそれを受け取ると、まじまじと帳面に見入っている。 「ど、どう?」 「すげぇ。めちゃくちゃ上手い。……けど」 「けど?」 「ちょっとかっこよく描きすぎ」 「モデルはその何倍もかっこいいよ」 「あ、そう……」  成瀬くんは呆れたような顔をして、けれどちょっとだけ照れたように笑った。 「倉木って変なやつだな」 「よく言われる」 「……倉木。もう言うまでもないだろうけど、俺の二次性、オメガなんだよな」 「ありがとう。教えてくれて嬉しい」 「……いや、ごめん、なんか、勝手に聞かせたみたいになって」  どうして謝るんだろう。誰にも話したことのない秘密を教えてくれて、僕は今本当に嬉しいのに。 「限界だったのかも。オメガの身体でアルファの皮かぶって生きるのは結構しんどい。……それを望んだのは他でもない俺自身なんだから、全部、自業自得なんだけど」 「……成瀬くん」 「できれば俺の二次性のこと、他のやつらには言わないでほしい。……倉木と話せてよかったよ。俺、そろそろ帰らないと。妹が待ってるから」  成瀬くんは荷物を鞄に詰めて立ち上がった。 「成瀬くん。僕の前ではアルファでいる必要ないから。……いや、アルファでいてもいいんだけど、なんていうか、僕、どんな成瀬くんでもかっこいいと思うよ」  成瀬くんは鞄を背負いながら、僕の顔を見て少しだけ微笑んでくれた。
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