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試合当日。新高のユニフォームに身を包んだ成瀬くんがコート内に登場すると共に、あちこちから悲鳴みたいな歓声が上がる。
僕も思わず胸を高鳴らせて身を乗り出してしまった。
とにかく彼は、オーラがすごいのだ。成瀬くん以外のスタメンは全員三年生の先輩たちだろうか。彼は真剣な面持ちで周囲からの指示を聞いているだけなのだけど、ひときわ光り輝くオーラを発してしまっている。
ところが試合になると彼はスッと気配を消すのだ。いや、チームに溶け込む、と言った方が正しいかもしれない。
いつも絶妙なポジションにいて、ボールを手にするとこれまた絶妙なパスを繰り出す。得点のため、チームのため、自分が果たすべき役割を常に考え続けているのだろう。頭の良い彼らしいプレーである。そんな成瀬くんのことを、チームのメンバーもみんな信頼しきっているのが観客席の僕にまで伝わってくる。
そして例によって、ここぞ、という時の期待は決して裏切らない。彼がシュートを決めればワッと会場が沸き、チームの勢いが増す。
バランスが取れて華もある。そりゃあみんな成瀬くんのことが好きですよね、好きになっちゃいますよね。と、僕はもう開き直るしかなかった。
しかしこうやってバスケ部員に囲まれていると、成瀬くんはかなり小柄に見える。身体が細いせいもあるだろう。
教室にいるときはそんな風には見えないんだけどな。なんていったって彼はアルファの僕より五センチぐらい身長が高い。僕がアルファにしては低すぎるんだろって指摘は置いておいて。
おそらくアルファばかりのバスケ部で(そもそも新高の生徒がアルファばかりなのは先に言った通りだ)、不利な体格を技術と頭の良さでちゃんとカバーしてるんだから、本当に彼はとんでもないな。
結局、試合は新高の勝利に終わった。僕は半ば放心状態のまま会場を出る。
すごかった。本当にかっこよかった。この興奮を今すぐ成瀬くんに伝えたいけれど、言葉が上手くまとまらなくてもどかしい。
そうこうしているうちに新高バスケ部の面々がジャージ姿で会場から出てきた。成瀬くんもいる。
声を掛けようかどうか迷っているうちに、あっという間に出待ちのファンによる人垣ができてしまった。ここまでくると芸能人みたいだ。
感想はまた学校で伝えることにして、僕は一人、帰路につくことにした。
* * *
「倉木!」
会場から少し離れたところで呼び止められる。思わず振り向けば、成瀬くんが息を切らして走ってきたところだった。
「えっ、成瀬くん?」
「声ぐらいかけてくれたっていいだろ」
「ご、ごめん。だって囲まれてたし。お邪魔かなって……」
「邪魔なわけあるかよ。俺、倉木が来るって言うから頑張ったのに」
いやいや、成瀬くんならば僕がいようがいまいが真剣にやってたでしょ。
……って、そうじゃなくて。えぇ。なにそれ。頬がカッと熱くなる。
「で、どうだった? 俺、ちゃんとやれてた?」
「もちろんだよ。いや、僕は素人だからプレーのことはよくわからないけど……。でも素人目にもチームのこと考えて的確に動いてるのがわかったし、なんというか、安心感がすごいんだよ。成瀬くんなら絶対にチームを勝利に導いてくれるっていう安心感。チームの人たちからも信頼されてるのが伝わってきたし、そうなるまでに着実に、人一倍努力を積み重ねてきたんだろうなって思った。それにしてもあの、人を、会場全体を惹きつける力は天性のものだよね。思わず見惚れちゃったよ。本当にかっこよかった」
「あ、あぁ。ありがとう、すげぇ褒めてくれるじゃん」
成瀬くんはちょっとだけ顔を赤くした。彼が意外と照れ屋なのは知ってる。可愛いな。
「おーい成瀬! 打ち上げ行くでしょー?」
会場の方から女子マネージャーさんが呼んでいる。成瀬くんはハッとした様子で振り向いた。
「あぁ、俺そろそろ行かなきゃ。今日はありがとな、倉木」
「こちらこそありがとう。楽しかったよ」
「それじゃ―─」
手を振って会場の方へと戻ろうとした時だった。彼のスマホが鳴り通話の着信を伝える。
成瀬くんは鞄からスマホを取り出し、画面を見たところではた、と足を止めた。
「……っ」
「成瀬くん?」
彼はかなり慌てた様子で通話に出る。
大丈夫か、とかすぐに帰るから、とか言って手短に通話を切った彼の顔には、明らかな動揺の色が浮かんでいた。
「すみません、急用ができたんで俺先に帰ります」
「えぇーっ」
めちゃくちゃ残念そうな女子マネージャーさんに頭を下げると、成瀬くんは踵を返して駆け出した。
「成瀬くん!」
僕は思わず彼の後を追いかけていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「穂乃花が体調悪いって」
「穂乃花?」
「妹。九つ違いだからまだ小二。あいつが俺に電話してくるなんて初めてだよ。まだ小さいのに何でも一人で我慢するやつだから。そうせざるを得なくなったのも俺のせいなんだけど……」
「ご両親は? 家にいないの?」
「うち母子家庭だから。母さんは仕事でほとんど家にいない」
彼は息を切らしている。試合中は余裕そうに走れていたのに。
落ち着こう、と言って落ち着ける状況じゃないのはわかる。だからこそ、僕は成瀬くんを一人にはしたくなかった。
「僕も一緒に行っていい? 何か手伝えることがあるかも」
「倉木……」
成瀬くんが頷いてくれたことにほっと安堵して、僕は彼の背中を追った。
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