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第13話
待ち合わせなどに使いやすいよう広大なフロアはアルファベットでふり分けられていた。A区画は一階、エントランスに一番近い所だ。
オートスロープにも乗らず自身の足で階段を降りながらシドは首を捻る。
「お前の言い分じゃねぇが、俺たちサツカンにできることなんざ限られてると思うんだがな。事実、惑星警察の職務の方に大きく縛られちまう訳だしさ」
「でもここでは惑星警察よりも入星管理局警備部の方が重要視されてるのが事実で、来るなりガッカリさせるかもだけど惑星警察は居住区付近の署とかに居るのが仕事。ただ『居なきゃならない』のは確かだから、その辺りはどうするんだろうね?」
「そいつを今から訊くのがお前の仕事だ」
「むう。……あ、もしかして、あそこにいる人かも。行こ」
A区画の中に配置された幾つものソファ、その中央辺りで別室エージェントは今時珍しいニューズペーパーを広げて読んでいた。すらりと長い脚を組んでいる。
その横顔を見つけたハイファはシドと共に近づき、小さく声を掛けた。
「フォッカー=リンデマン一等特務技官、お帰りだったんですね」
「二年ぶりくらいだろうか、ハイファス=ファサルート二等陸尉。座りたまえ」
フォッカー=リンデマンの横にハイファが、その隣にシドが座る。
シドはフォッカーなる男をハイファ越しに観察した。
ニューズペーパーの角をきっちり合わせて畳み、脚を組み替えた男はオーダーメイドらしいココアブラウンのダブルのスーツと水色のドレスシャツに身を包んでいる。
シルバーグレイに茶のピンストライプが入ったタイを締め、ポケットチーフまでシャツとコーディネートして水色という古風ながらも一分の隙もない服装をしていた。
見かけの年齢はテラ標準歴で四十過ぎくらいか。肌は浅黒く日に灼けている。顔立ちは非常に整っていて四肢も長く動作のひとつひとつが優雅だ。
そして特務技官なる特殊な階級と美麗に整った容貌からサイキ持ちだとシドは察する。見かけの年齢……本当はいったい何歳なのか、まるで量れない。
サイキ持ち、いわゆる超能力者である。
約千年前に初めて存在が確認された彼ら超能力者はテラ系でありながら過去に長命系星人との血の交わりを持つ者の中にごく少数発現する。その事実以外、何の科学的解明も進まないままに現在に至っていた。
混血がどれだけ遠い過去であろうと汎銀河条約機構内でテラ系と双璧を成す長命系の血が先祖返りの如く濃く現れたサイキ持ちも長命で容姿に恵まれた者が多い。
このフォッカーという男も、髪の毛一本持ち上げるのがせいぜいという者をも含めて、広大な汎銀河での予測存在数がたったの五桁という貴重で稀少な者の一人なのだろう。
その長命故に、まともに階級がアップすると将官など簡単に超えてしまう。そのために『特務技官』なる階級が作られたのだとシドは以前ハイファから聞いていた。
「そちらはミスタ・シド=ワカミヤ、若宮志度氏だね?」
「あ、はい」
「別室任務というので硬くなっているようだが、まあ、リラックスしたまえ。これもそこそこ本気でやると、なかなかいいヒマ潰しになる」
そりゃあ何百年も生きるのが分かっているのなら、たまにはスリルを求めて命のビリヤードだってしたくなるかも知れねぇが、とシドは思う。只人である自分たちには時間がない。そこでさっさと話を進めるべくハイファより先に訊いた。
「それで、今回は何なんですか?」
「ふむ。せっかちだが生真面目……取り敢えず、預かってきたものを流そう」
フォッカー=リンデマンはシルバーブルーに輝く別室リモータを操作した。直後にシドとハイファのリモータが発振する。二人は同時に操作し小さな画面に見入った。
【中央情報局発:タイタン連続爆破事件における今後の爆破阻止作戦に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より二名・フォッカー=リンデマン一等特務技官・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「これっていったいどういう……具体的に、俺たちに何をしろって言うんですか?」
「どういうことなんだろうね。当然だが同じ指令が複数飛び交っているようだよ」
黙っていたハイファが口を開いた。
「僕らにはフォッカー特務技官の指揮下のチームに就いて作戦に従事せよと?」
「どうやら上はそういうつもりらしいんだが、私はチームを編成するつもりはない」
緩くウェーブのかかった黒髪をオールバックにしている、そのほつれをかき上げてフォッカーは笑んでみせた。いちいち動作が決まっているが、結局『チームを作らない』のは面倒臭いだけじゃねぇのかよ、とシドは考えないでもなかった。
「きみたちにはきみたちの流儀があるだろう。特に『イヴェントストライカ』なる二つ名……面白いじゃないか。動きたいように動いてくれるだけで獲物は掛かる」
「『獲物』とおっしゃる辺り俺たちに割り当てられた追い詰めるべき者が既に想定されているということじゃないんですか? ならばさっさと押さえればいい。サツカンの俺が言いたくはないですが容疑は幾らでも後付けできるでしょう、別室なら」
別室長ユアン=ガードナーに試されるのは沢山でシドはバッサリ斬って捨てた。
一方でフォッカー=リンデマンはニヤリと口の端を上げる。
「ハイファス、きみのバディはいつもこれかい? 意外と怖い人のようだ。ふむ、私が悪かったよ、舐めていた。しかし、だから別室任務は面白い」
ニューズペーパーを小脇に抱えて立ち上がった異能の別室エージェントは、微笑みを絶やさぬまま二人を促し喫煙ルームに向かった。
オートドリンカでコーヒーを三本買い、一本ずつをシドとハイファに手渡したフォッカーは細目の葉巻の吸い口をシガーカッターでカットする。火を点けてからコーヒーを開封した。こちらも煙草を振り出し咥えて火を点けたシドは紫煙を吐きつつ確認する。
「じゃあ『普通に刑事をやってろ』と。それでいいんですね?」
「そうなるかな。揶揄ではなく私は本気でいつものきみたちの流儀が一番良さそうだと思ったものでね、『普通に刑事をやる』ための根回しだけはさせて貰った。言っておかないとフェアじゃない、そうだろう?」
「俺にとって別室がフェアだった試しはコンマ一回もなかったですがね」
「はっは。これは手厳しいが、やはり面白い。このメンバーなら久々に愉しませて貰えそうだ。フォローが要るなら遅滞なく申し出てくれ。私で事足りなければ他にも手がある。このリモータを持つ者は階級に関係なく別室名で星系内の軍全体をも動かせるからね」
「星系内の軍全部……って、どうやってですか?」
「ハイファスが知っているさ」
話を振られたハイファが説明する。
「『中央情報局第二種強権発動』及び『第一種強権発動』っていうのがあってね、別室員はテラ連邦軍内でそれを発することができる。第二種が『全ての通常業務を停止し最優先で発動者のバックアップ態勢をとれ』って命令。第一種が『直接的に支援せよ』。一般兵士は知らないだろうけど、何処でも駐屯地や基地の司令クラスになれば心得てるんだよ」
「ふうん。いけ好かねぇ輪っかだが、そんな効用もあったとはな」
「よっぽどの時じゃなきゃ使わないけどね、潜入任務中なら特に。だって『自分は別室員だ!』って叫ぶのと同じことだから、却って敵の目を惹いて命を取られる危険も孕んでるし」
「お前、使ったことは?」
「ないよ、そんな怖いこと」
「私はやらかした経験がある。若い頃にね」
どのくらい前なのか興味はあったが、垣間見えた太い笑みに圧されて二人は訊けず終いだった。暫し二人ともコーヒーを黙って味わう。
「ランダムにこちらから連絡は入れる。その際にありのままを報告して欲しい」
シドたちが呆気にとられるほど、任務としては簡単である。普段から見聞きした全てを報告書にまとめ慣れている自分たちには、こんなに容易な任務もない。
「いいかい、嘘偽りなく、ありのままにだよ。それだけが私の『チーム』として唯一の縛りだと言えばいいかな。そのために『いつもの流儀』環境を作ったのだから」
今は笑みを消し、壁に凭れて葉巻を燻らせる透徹としたスチルブルーの瞳に、惑星警察の制服を着た二人は頷いてみせた。
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