第2話

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第2話

 ニュース映像は宙港の荷物受取所、そこでの爆発の瞬間を定点カメラが捉え、直後己も爆風に巻き込まれて撮影を終えていた。それが幾度もリプレイされている。  AD世紀から三千年、今ではテラ人は汎銀河にあまた暮らしている。それらテラ系星系の全てを統括するのがテラ連邦議会だ。  その本拠地である太陽(ソル)系第三惑星テラ本星の一般的な出入り口は土星の衛星タイタンのハブ宙港で、余程特殊な事例でなければここを経ないと太陽系内外の何処にも行けないという、いわば最後の砦だった。  だが人々の流出入は莫大な数に上り、またIDの巧妙な書き換え等で、どうしても今日のような不法入星者の侵入を許してしまう事があるのも確かだ。それらのために自分たちがいる。不法入星は入星管理局の管轄だが、役人任せにしておけない。 「テロどころか貴方といると毎日が戦争みたいだけどね。この汎銀河一の治安の良さを誇るテラ本星のそれもセントラルエリアで、不法入星どころか強盗(タタキ)や通り魔までアリなんだもん。ストライクしすぎだよ」  と、マスターのサーヴィスでウイスキーの香るコーヒーを飲みながらハイファは愚痴った。これも体が温まって表歩きでの緊張が緩む。 「うるせぇな、検挙率は下げてねぇぞ」 「『そうじゃないんだ、問題は管内の事件発生率なんだよ』ってね」  二人の上司、ヴィンティス課長の口癖をハイファは真似る。 「ロクでもないことばっかり覚えやがって、このぺーぺーが!」 「そこで銃を抜かないで。ぺーぺーでも貴方がやっと得た大事なバディなんだから」 「ふん、テメェで言ってりゃ世話ねぇな」 「だってそれも本当のことだもん。……にしても、これで第六宙港は暫く閉鎖だね」 「確か第七まであるんだよな?」 「うん。軍の宙港を除いて七ヶ所だね。巨大タイタン基地にはテラの護り女神・第二艦隊専用宙港があるよ。シドは艦隊とかそういうの、結構好きでしょ」 「嫌いじゃねぇよ。プラモでも何度か作って……おっ、珍しいな。犯行声明だとよ」  ホロTVの画面では白髪に長い白髭、歳の割には目光鋭い老人の静止画付きで犯行声明がテロップで流されていた。 「ふうん。ドラクロワ=メイディーン、ヴィクトル星系解放旅団のトップだね」 「何だお前、知り合いか?」  二本目の煙草にオイルライターで火を点け、シドはノーブルな横顔に訊く。 「まさか。個人的お付き合いはないよ。テラ連邦レヴェルで手配が掛かってるテロリストの首領で第二次主権闘争の際にあまりの貧しさ・アガリの少なさに、これ幸いと連邦統治下からポイされたヴィクトル星系代表のお偉いサンって事くらい知ってる」  第二次主権闘争とは遥か二十五世紀前に起こった独立闘争のことである。  テラ連邦議会の植民地委員会に対し、同時多発的に複数の植民星系が叫び出したのだ、『主権を我が手に!』と。それをスローガンとして独自に星系政府を打ち立て、テラ連邦に名を連ねながらもテラ連邦議会と対等の立場を勝ち取っていった。   だがそれに巻き込まれる形で主権を得たのはいいが実際には困ることになった星系が少数ながら存在した。テラ連邦議会の直接的支配から抜けたのはいいが本来は庇護されねば自分たちの力だけでは生活していくこともままならない貧しい星々である。  それを知りながらテラ連邦議会は主権星系と認めた……つまりはお荷物でしかないそれらの星系を斬り捨てたのだ。酷い話だが誰もが知る事実である。 「へえ、未だに貧しい上に四六時中内紛に明け暮れるヴィクトル星系の親玉ってか。それも中央情報局第六課、対テロ課の情報か?」 「そう。元々は自星でテラ連邦施設へ攻撃をしてたんだけど、それがとうとう本星の足元にまで火を点けに来ちゃったみたいだね」 「斬り捨てられた恨みは忘れねぇ、反骨精神溢れる人間を輩出する土壌か」 「まあね。特にヴィクトル星系は資源もなし産業を興す力もなし穀物が育つだけの豊かな土壌もなしだもん。最大の輸出品目がテロリストなんて笑えもしないよね」  二人はまだリピートされている犯行声明を溜息混じりに眺めた。 「確か、最初は『鉱物資源が出た!』ってことで、みんな釣られたんだよな」 「そうだね。でも資源があったのは僅かな地表だけ、ゴールドラッシュはすぐに終わっちゃったんだよ。そういった星は最低でも再テラフォーミングして穀物倉庫化を図るのが普通だけど、あそこまで状況が酷くなっちゃうと手を付けられないから」 「再テラフォーミングするにもテロリストを一掃しなきゃならねぇもんな」 「莫大なクレジットが要るからね。シブいテラは見て見ぬフリだよ」  カップの残りを飲み干してシドは唸る。 「だからっつってこの死傷者七十二名ってのはやりすぎだぜ」  TVでは犯行声明の次に『決起文』なるものが流されていた。 《――我は来た。我に集え。ためらうな。悪辣なる自由主義経済によって我らが流した血を今こそテラに贖わせるのだ。我に続け――》  この決起文はHF帯・十メガヘルツの短波で海賊ラジオばりに、数日前から太陽系全域に流されていたという。テロの予告として警告を促す有識者もいたらしい。 「けっ。流行んねぇぜ、全く」 「今のテラ本星じゃあね」 「じゃあ、そろそろ行くか」 「うん」  本日の当番ハイファがマスターにリモータリンクでランチ代を移す。毎日交代で食費を出しているがリンデンバウムのランチ代は二人でたった千三百クレジットだ。 「お前、そのコートは暑いだろ」 「だって銃が濡れると後の手入れが大変なんだもん」 「お前のは鋼の塊、錆びちまうもんな。ご苦労さん」  太陽系では普通、私服司法警察職員に通常時の銃の携帯許可を出していない。故にシドとハイファの同僚らが持っている武器といえばリモータ搭載のスタンレーザーくらいだ。このテラ本星セントラルエリアという平和極まりない地ではそれすら殆ど使用しない。  だが普通ではない刑事のイヴェントストライカとバディに関してはこの限りではなく、二人にとって銃はもはや生活必需品、捜査戦術コンもその必要性を認めていた。  シドが携帯しているのはいるのはレールガンだった。  針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで惑星警察の武器開発課が作った奇跡と呼ばれる一丁だ。その威力はマックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。右腰の専用ヒップホルスタから下げてなお突き出した長い銃身(バレル)をホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。  ハイファもイヴェントストライカのバディを務める以上は丸腰ではいられない。  ソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇にいつも吊っているのは火薬(パウダー)カートリッジ式の旧式銃だ。薬室(チャンバ)一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルは、名銃テミスM89をコピーしたものである。  使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。銃本体もパワーコントロール不能で、これも本来違反品である。元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に使用しているのだ。  弾薬の九パラも通常手段では手に入らないために別室経由で調達している。
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