第4話

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第4話

「いいから銃を収めて。どっちにしろ今日は死人が出なかっただけマシ、喋っててもいいから書いてよね。残業は嫌なんでしょ? ……ねえ、今回も一般人の目前で発砲、警察官職務執行法違反で始末書モノかなあ?」 「この前ヒマなときに二、三十枚まとめて書いたの、何処にやったっけか?」  現代の犯罪はIT関連がメインで、情報漏洩等の危険を考慮した挙げ句、惑星警察でも鉄壁のセキュリティを誇る部署以外の報告書などは、全て紙媒体に手書きというローテクが原則である。一周回って戻ってきた訳だ。  筆跡は内容と共に捜査戦術コンに査定されるので、幾ら他の課員がヒマそうでも課長の許可なくして押し付けることはできない。  ぎゃあぎゃあ騒ぎつつシドとハイファは書類と格闘を始めた。先程からこちらを向いて巨大な溜息をつくヴィンティス課長と目が合わないよう、物言いたげな上司をワザと無視している。  軍機である別室関係の密談をするために課長席の真ん前がハイファ、その左隣がシドのデスクだ。互いの言動は筒抜けなのだがここで捕まるワケにはいかない。  宝飾店強盗狙撃逮捕の報を聞いて多機能デスクに沈没していた課長だが、胃薬と増血剤のお世話になってようやく復活したばかり、ここで捕まると説教が小言に、小言が愚痴になって、不景気なBGMを定時まで聞かされるハメになるのだ。  それで哀しみを湛えた青い目がじっと見ているのにも二人は気付かぬフリをしている。  部下から気付かぬフリをされていることにヴィンティス課長も勿論気付いていた。  そもそもイヴェントストライカも以前から嘆願されていたバディをつければ多少は大人しくなる、事件発生率を多少なりとも下げられるだろうと根拠もなく思っていたのが間違いだった。管内の事件発生率は全く以て変わらなかった。寧ろ右肩上がりとなり、ここ数ヶ月で上方安定した気すらしていた。  いや、始末書の数が二倍に増えただけ損かも知れないと思う。  それでも単独時代には書類が建築基準法違反並みにテーブルマウンテンを形成していたシドのデスクだ。それが片付いただけでも良しなのか――。  言いたいことが多すぎて、却って消化不良を起こしたような胃袋を宥めつつ、ヴィンティス課長はくるりと背を向けて、そぼ降る雨に滲んだ窓外を眺め始めた。  そのときデカ部屋の隅でホロTVを視ていた在署番や、他課の下請けから帰ってきていた課員たちがざわめいた。反射的にシドとハイファも振り返る。 「タイタンの爆破は連続、今度は第七宙港っスよ」 「それもまた宙港の荷物受取所、死傷者百十二名で更に確認中……酷いな」 「こりゃあ入星管理局警備部は立つ瀬がねぇよなあ」 「まだタイタン基地の兵員は投入しないんスかね」  口々に言う彼らもこうして聞いている身も、全員が完全には他人事とは捉えていない。タイタンのハブ宙港は本星の最後の砦、そこがテロの標的となっている。今後それが本星へ、それも星系政府中枢のあるここセントラルエリアへと移行しないとは限らないのだ。 「シド、手、止まってる。もうすぐ十七時半、定時だよ」 「ニュースくらい、いいじゃねぇか」 「僕も気になるけどきっとどの局も一晩中これだからあとで幾らでも視られるって」 「相変わらず別室のスパイはクールなことで」  小さく呟いたシドに腹を立てた風でもなく、ハイファは要領良く自分の書類を終わらせFAX形式の捜査戦術コンに流すと、戻ってきてデスクに着き頬杖をついた。 「ヴィクトル星系解放旅団のドラクロワ=メイディーンは自星のテラ連邦軍管轄宙港だけでなく、惑星内駐留のテラ連邦軍駐屯地も複数爆破してる。あとテラに与したとされた政治屋さんや法学関係者の関連施設もね。殺傷した総計は一万を下らない」 「一万って、マジかよ?」  涼しい顔でハイファはあっさり頷いた。 「それでもヴィクトルだけでなく似たような境遇の星の人たちから熱狂的な支持を受けてる。宗教絡みでなくそこまで支持されるのも珍しいよ。ある種のカリスマだね」 「二、三人殺して殺人者、千人殺せば英雄ってか」 「そう。きっとこれだけじゃ終わらないよ」 「なるほど。問題は飛び火の方向だな」 「そういうこと。風向きからしてテラの旗色は悪いけど、僕は、僕と貴方が無事に生きてればそれでいいの。それより僕は今晩のメニューが心配。何を作ろうかなあ」  ハイファの主夫根性は見上げたモノがある。本人がこだわるだけあって腕もいいのだ。恩恵に与るとき、シドはしみじみ幸せを噛み締めるという一種の餌付けだった。  だが暢気なハイファの呟きに、シドは少々焦って周囲を見回す。  付き合い始めて数ヶ月、既に周囲からは冷やかされることすらなくなったというのに、未だにシドは七分署内でハイファとの仲を公に認めていない照れ屋で意地っ張りなのだ。  同性どころか異星人とでも婚姻が認められ、遺伝子操作で子供まで望める現代である。男所帯で思考は中学生男子並みの機捜課でも、そうそう同じ話題で何ヶ月も保たない。  事実、現在の話題は、『赤ん坊ができたばかりのヤマサキの嫁さん再び妊娠』と、『いつも涼しい顔をしているマイヤー警部補の相手も男か?』で、そんなに警戒せずともシドとハイファはとっくにカップル認定されていた。  今更なことで焦るシドをハイファは呆れて見ている。  噂話に花を咲かせていた同僚たちも定時をとっくに過ぎて殆どが帰ってしまい、深夜番とダベる数人を残してデカ部屋はスカスカ、ヴィンティス課長の姿すらいつの間にか消えていた。  内緒話を聞かれる恐れはなく、シドは安堵して再び書類を酷い右下がりの文字で埋め始める。そんなシドにハイファが泥水のおかわりを運んできた。 「おっ、サンキュ」  単独時代が長かったシドは遊撃的身分として扱われ、どの班にも属していない。その上に深夜番も免れていた。  何も優遇されているのではなく、班に属さないのは特定人員だけに負荷が掛かるのを防ぐため、深夜番に就かないのは真夜中の大ストライク非常呼集という流れをヴィンティス課長以下課員全員が恐れるためである。  ハイファも同様の扱いだ。  故に万年日勤の表在署、つまり昼間は署に詰めての事件待ち、夜は自宅待機なので仕事のキリがよければ定時で帰れるのだ。その後、約三十分かけてシドはやっと書類をFAX形式の捜査戦術コンに流すことができた。  濡れた服を詰めた鞄を手に深夜番に挨拶し、人員の動向を示すデジタルボードを操作するとハイファと自分の名前の欄に『自宅』と入力し、二人で署から出る。
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