1人が本棚に入れています
本棚に追加
第8話
先にハイファにリモータ発振をしておいてから、コンスタンスホテルに通信を入れる。幸い相手はすぐに捕まった。
ドアから入ってきたばかりのハイファにちょっと様子を窺う目をしてみせると頷いたので、こちらにもう一度足を運んでくれるように言う。
先方もその気だったらしく快諾されて通信をアウト。
「あそこからだとコイルで十五分だね。取り敢えず何か作っておこうかな」
「そんなに気ぃ使う相手でもねぇぞ。何せあいつらとは悪ガキ仲間だからな」
「だからって貴方も相手も、もういい大人でしょ? 積もる話もあるだろうし、貴方だって晩御飯は食べなきゃだし。それにそんなに凝ったモノは元々作れないから」
「そうか、ならいい」
昔の知人に会うというだけでなく互いに現状を見られるのだ。何となくそわそわと落ち着かない気持ちを体現してしまっているシドに、黒いエプロンをしたハイファは自分の部屋からワインを持ってくるように命ずる。
ハイファは何やら加熱調理をしながら、あっという間に四人分のサラダとプレートびっしりのカナッペを作り上げた。見ていて気持ちいいくらい手際が良い。
シドが対衝撃ジャケットを脱ぐのも忘れて調理を眺めている間に、マクシミリアン=ダベンポートとキャスリーン=バレットから官舎の前に着いたとの連絡が入る。
この官舎に住むのは一介の平刑事だけではない。少数ながら議員センセイといった人種も同じ公僕として入居しているので一連のセキュリティは万全である。
こちらから操作をし来訪者登録しなければ客も入れない。コードを流してやりX‐RAYサーチを受けさせて、やっとエントランスが一人につき五秒間だけ開くのだ。
《五十一階には着いたんだが……》
「すまん、今出る」
リモータの音声発信に応えておいて、靴をつっかけエレベーターホールに行くと、長身の男と小柄な女性が立っていた。女性が大きく手を振る。
「マクシミリアン……マックスにキャスか?」
「ああ、シドか。大きくなったな!」
「お互い様だろ。で、マジでキャスリーンかよ?」
「そうよ。ほんと、大きくなって。でも相変わらず綺麗な顔してるわね」
「ンなこと言うのはキャスくらいだぜ。キャスこそ綺麗になったな」
「ふふん、そう? お世辞でも嬉しいわ」
「や、お世辞じゃねぇって――」
二人の客をシドはリビングに招き入れた。
「単身者用だから狭いが、我慢してくれ」
「いや、セントラルエリアの刑事ともなればすごい所に住んでるな。セキュリティに弾かれたときには焦ったよ……あ、すまない、シド独りだとばかり」
マックスが、遅れてキャスがハイファの存在に気付いた。
「初めまして。ハイファス=ファサルートといいます。シドの……バディです」
「マクシミリアン=ダベンポートです。シドとは彼が十二歳で施設を出るまで一緒でした。悪ガキ仲間で一緒に育った兄弟みたいなものか。十年ぶりですよ」
バディという単語が通じた相手、ハイファは灰色の目と自分とよく似た明るい金髪を見る。年齢も自分たちとあまり変わらないようだ。
「わたしも施設で一緒だったキャスリーン=バレットといいます。悪戯っ子の男の子たちとばかり遊んでいたの。……これ、本当にささやかで申し訳ないんだけど」
と、ワインが二本入った手提げの紙袋を差し出した、それこそ悪戯っ気のある笑顔は、透明感のある赤茶色の目と、僅かに散ったそばかすを隠そうともしない潔さで、とてもチャーミングに見えた。髪も同じく赤茶色だ。
「じゃあ遠慮なく頂きます」
「ええと、適当に、いや、そこに座ってくれ」
いつもはハイファの指定席だが今日ばかりは客人用、二人掛けソファをシドは勧める。座らせたはいいが客など迎えたことのないシドはまたもうろうろしていた。
「シドも座ってていいから。はい、これ持って。始めてて」
「ああ、うん、すまん」
ワイングラスとワイン、カトラリーとクリスタルの小鉢に盛られたサラダなどを載せた大きなトレイを渡されてシドはロウテーブルに置くと素直にソファに腰掛けた。
リビングとキッチンは続き間なので皆の会話はハイファにもちゃんと伝わる。
「それにしても、よく俺の消息なんか掴めたな」
「蛇の道は蛇……なんてな。実は俺たちもサツカンやってるのさ」
「へえ、同業者ってか。まさかキャスまでか?」
「ええ、そうよ。配属はもっと田舎だけどね」
「それで何と俺とキャスは同じ課でバディなんだ。どうだ、羨ましい……ってこともないか。ファサルートさんだっけか、男にしておくのは勿体ないような美人だよな」
「ハイファスで構いませんよ」
つまみのカナッペのプレートを手にしてきたハイファは笑う。
「そういやファサルートってもしかしてあのエネルギー関連の大会社のFCとか?」
「わあ、もうバレちゃった。でも僕は役員のひとつに名前を貸してるだけですよ。本当に普通の警察官、シドのバディですから」
「おい、シド。バディったって料理まで作って嫁さんみたいな……え、まさか?」
「ああ、お前らと同じだよ」
照れもせずにサラリと言い、シドはマックスとキャスの手を目で指した。
「けど、何だそれ。これみよがしにペアリングなんてしてきやがって。驚かせるつもりなら外してこいってんだ。結婚したのか? 婚約か?」
「まだ婚約だが……へえ。じゃあ、昔言ってた『どっちがキャスと結婚するか』ってのから、お前は降りたと見ていいんだな」
「そこまで出来上がってるのに、俺にどうしろってんだ。それに……俺にも、もう大事にしたい奴はいるからいいんだ」
ひゅうっと口笛を吹くマックスと拍手するキャス。
最初のコメントを投稿しよう!