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凍りついた地面に、トマスは短剣を突き刺した。
短剣の刃は急速に根を伸ばすように地中を進み、数百の刃に枝分かれして地上に飛び出してきた。
廃村に、雪煙と血しぶきが舞った。
一瞬のことだった。
敵集団は壊滅した。
生きているのは、少女だけだった。
「待っていました。きっと来てくれると信じていました」
輝く目でトマスを見つめ、少女は言った。
トマスはその顔を見ていられず、目を伏せた。
「私の過失から起こったことだ。私は信頼に値しない」
「そんなことはありません。あなたがいなければ、私はここまで来れませんでした」
少女がそう言ったときだった。鴉が急に後方を振り返り、けたたましい声で鳴いた。
「なんだ急に」
「生きているものがいるぞ。気配を殺してこちらを見ている」
トマスは鞘から短剣を抜いた。
鴉が横を向く。
「移動した。妙だぞ」
「殺しはしない。出て来い」
トマスがそう言うと、死体のひとつが起き上がった。
胸のばかでかい傷跡から血を流しながら、しかし悠然と、東洋人のように地面に座る。
「どうせ俺を殺せはせぬが、言いたいことがあるから出てきた」
「なんだ? こいつ」
「ご同輩か」
「そう、俺も魔導士だ。外界からこの国を見ている」
「言いたいこととはなんだ」
「その娘はどうあっても殺さねばならぬ。女王のもとに送り届ければ、おまえは、また後悔することになるだろう。こんど犠牲になるのは妻と子ではないぞ」
「聞いた風なことを言う」
「どうせおまえは俺の言うことは聞くまい。少なくとも今は。だが、警告はした。それを忘れるな」
ニタリと死体の顔が笑い、口から血があふれ出た。そのまま折りたたまれるように死体は倒れ、もう、それ以上動かなかった。
「鴉、わかるか、今の言葉の意味が」
「さあな。だが、ここはそろそろ離れたほうがいい。皆、不死病者だ。甦ってくるぞ」
トマスはちらりと少女を見た。
少女はうなずいた。
二人は歩き出した。
鴉が舞い上がって、トマスの肩にとまった。
旅人たちの行く手に、眠りの塔があった。
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