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女王が病に倒れて以来、この国では雪が降り続けているという。
湖に面した美しい街だったはずの都も、今はまっ平らな雪原に変わっていた。眠りの塔の周囲は巨大な吹き溜まりだ。時間をかけて雪を踏み固めて、塔までの道をつくった。
塔の直下まで到達したあとは、短剣の魔術を使った。
触手のような刃を塔に巻き付け、それを足掛かりに体を持ち上げていった。
やがて、人が通れるほどの窓にしがみつくことができた。
「私が少し、中を見て来よう」
塔の内側に転げ込んで休息していた二人に向かい、鴉が言った。
「そういえば聞いていなかったな。なぜ協力する?」
「見極めたいのさ」
「何を?」
「この娘がすることを、だ」
「病を治すのだろう?」
「では、病とはなんだ? その定義は?」
トマスには答えられなかった。鴉は飛び去った。
「薬をもたらすと言っていたな。それはどんなものなんだ」
「わかりません。私が知っているのは、どうすればいいかだけです」
「どうやってそれを知った?」
「私の創り主が教えてくれました。私には、創り主を信じる以外ありません」
やがて鴉が帰ってきた。
鴉が二人を、女王の寝室まで案内した。
女王が何という病で倒れたのか、トマスは知らない。
女王は自らの病を知り、己を隔離し、そしていつか来る援けを待つために、永い眠りについた。そう聞いていた。
この国の人間ではなかったから、詳しいことはわからなかった。
女王が若く、この少女そっくりの顔をしていることも、知らずにいた。
少女は女王の枕もとに跪き、眠り続ける女王の手を握った。
すると少女の身体が溶け始めた。
りんかくがぼやけ、髪も服も一緒くたに形を崩し、滴り、ぼたぼたと女王のベッドにこぼれた。
少女は絨毯とシーツのうえの染みとなった。やがてそれも乾いた。少女がそこにいたという痕跡は、もう何も残っていなかった。
トマスは言葉もなかった。
しばらくたって、不機嫌に顎を掻き、そして言った。
「終わりか?」
「不満か?」
「不満というか、こんな流れとは予想していなかったのでな」
「情が移ったか。犬死と思ったか?」
「そういう話ではない」
一人と一羽は黙った。
待っていたが、女王は目覚めなかった。
「本当に犬死だな」と、トマス。
「一粒の麦もし死なずば、ただの一粒にあらん。死なば多くの実を結ぶべし」
「結構なことだ。だが、何も起こらんではないか」
「いや、起きている」
「何処で?」
「この世界の外でだ。わかってきたぞ、この状況を仕組んだものの意図が」
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