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そう言うと鸞快子は煬鳳を撫でていた手を止め、慈しむようにするりと髪の毛に滑らせる。彼の手つきがあまりにも優しくて、煬鳳は堪らず叫んだ。
「お前! それを言って良いのもやって良いのも凰黎だけだぞ!」
「そうだったな、済まない済まない。つい」
鸞快子はそう言ってまた肩を揺らしたが、意外にも浮かべた微笑みは普段の彼らしからぬ、煌めくような笑顔だった。
それで不意に煬鳳は鸞快子に尋ねたくなって彼の顔を覗き込んだ。
「……なあ、昔あんたは凄く後悔したっていったよな」
「その通りだ」
鸞快子は頷く。たった一言の短く静かな返答だったが、声音には寂しさと悲しさがじわりと滲む。
「もし……もしも、あんたがそのとき未来を知っていたら、変えようと思ったか?」
鸞快子は微動だにしなかった。
煬鳳はじっと彼が答えるのを待っていたが、答えの代わりに鸞快子は立ち上がると窓の向こう側の景色を見つめる。何故だかそれは、遠くのなにかを彼が思い出しているように煬鳳には思えた。
(悪いこと聞いたかな……)
しかし鸞快子は気分を害した様子は見せず、目を伏せただ黙っている。そのあいだ、仮面から微かに覗く彼の長い睫毛が揺れることはない。
結局、凰黎たちが沐浴の支度を済ませて戻ってくるまで彼は何も言わなかった。
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