01:図中的長夜之飲 (絵の中の宴)

2/40
前へ
/1364ページ
次へ
 天界(てんかい)人界(じんかい)冥界(めいかい)、三つの世界が存在し妖魔鬼怪(ようまきかい)の類が当たり前のように跋扈(ばっこ)する世の中では、不思議なことが起こることはさして珍しいことではない。  しかしその年の冬。九州の一つである徨州(こうしゅう)北部では、あまり見ない類の不思議なことがたびたび起こっていた。  ある朝いつも通りに池の脇を歩いていると、昨日まであった大きな池が無くなっている。まるでそこにあった水の全てが消え去ってしまったかのように、池のあった場所には大きな窪みだけが残っていた。  夏なら干上がったのだろうなと思うところだが、雪もちらつく最中(さなか)に起こった出来事としてはあまりにも奇妙。  そういったことがぽつりぽつりと二月(ふたつき)三月(みつき)ほどのあいだに起こった。     * * *  人里離れた山奥、清らかな湖のほとりで二人の男が対峙していた。  夜は更けそろそろ四更に差し掛かろうとしている頃のこと。  音といえば獣と鳥の声がときおり聞こえる程度、およそ人がいることが不自然な場所と時間。片方は淡青(たんせい)に精細な刺繍の施された衣袍を纏った長い髪の美しい男で、あろうことかもう片方は素っ裸だった。  暗闇にぼんやりと浮かびあがる裸の男。  無造作に結わえた黒髪とさらりと流し、顔立ちは微かに幼さを残す。目つきは悪いし挙動不審で怪しいことこの上ないが、意外に茶目っ気があるといえばそう思えなくもない。 「えーと……凰黎(ホワンリィ)……」  裸の男――煬鳳(ヤンフォン)は目を泳がせながらやっとの思いで言葉を絞り出す。先ほど脱いだばかりの服で申し訳程度に体を隠しながら、頭の中では必至で弁解の言葉を考えていた。  不幸中の幸い。
/1364ページ

最初のコメントを投稿しよう!

121人が本棚に入れています
本棚に追加