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天界人界冥界、三つの世界が存在し妖魔鬼怪の類が当たり前のように跋扈する世の中では、不思議なことが起こることはさして珍しいことではない。
しかしその年の冬。九州の一つである徨州北部では、あまり見ない類の不思議なことがたびたび起こっていた。
ある朝いつも通りに池の脇を歩いていると、昨日まであった大きな池が無くなっている。まるでそこにあった水の全てが消え去ってしまったかのように、池のあった場所には大きな窪みだけが残っていた。
夏なら干上がったのだろうなと思うところだが、雪もちらつく最中に起こった出来事としてはあまりにも奇妙。
そういったことがぽつりぽつりと二月、三月ほどのあいだに起こった。
* * *
人里離れた山奥、清らかな湖のほとりで二人の男が対峙していた。
夜は更けそろそろ四更に差し掛かろうとしている頃のこと。
音といえば獣と鳥の声がときおり聞こえる程度、およそ人がいることが不自然な場所と時間。片方は淡青に精細な刺繍の施された衣袍を纏った長い髪の美しい男で、あろうことかもう片方は素っ裸だった。
暗闇にぼんやりと浮かびあがる裸の男。
無造作に結わえた黒髪とさらりと流し、顔立ちは微かに幼さを残す。目つきは悪いし挙動不審で怪しいことこの上ないが、意外に茶目っ気があるといえばそう思えなくもない。
「えーと……凰黎……」
裸の男――煬鳳は目を泳がせながらやっとの思いで言葉を絞り出す。先ほど脱いだばかりの服で申し訳程度に体を隠しながら、頭の中では必至で弁解の言葉を考えていた。
不幸中の幸い。
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