蛇沼の大魚 1

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蛇沼の大魚 1

夏の両満月の力で引き寄せられた海水と、雨期を超えて水量を増したノシナとノウォーと名の付いた大河の水によって、山間の小国 沼の国(リーパルゥス)の中央には夏の間巨大な汽水湖が出現する。  押し上げられる海は山への水路を膨らませ、多くの船や人の賑わいを運ぶものの、しかし足の速い青い月が数度巡り、大きくゆったりと満ち欠けする赤い月が欠けてきたとわかる頃には、汽水湖はその水量を維持できる力を失い大河の流れに溶けて海へと帰って行くのだった。  そうして遠ざかっていく海の気配と入れ替わり、雨の降る日が減ったことで乾いた風が吹き始める頃のこと。  夏の終わりと秋の初めの合間。小乾季。南の国々にあるという長く熱く乾燥した本当の乾季と呼ばれるものとはだいぶ違うけれど、まだ充分に暑さを残した風が、汽水の引いた土の上に芽を出した成長の早い夏生えの細い木々の葉を撫でて行く。  その先に、ぽつりぽつりと点在する曲がりくねった水面をきらめかせるのは、巨大な汽水湖が残した子供。東へ西へと流れを変えつつ海へ帰ろうとした大きな流れの置き土産。  猫属の爪、細くなった月、蛇のうねりのような形で取り残された汽水湖の子は、沼の国では蛇沼と呼ばれ、深い雪に閉ざされるまでの間、汽水湖に迷い込みそのまま海に戻れなくなった大型の魚や水生動物を閉じ込める生け簀として利用されていた。
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