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運命を変える出会い
私が疑問に思っている間も、彼は足首を押さえて痛みを我慢しているようだった。
「……っ」
「怪我してるんですか?」
「まあ……。でも大丈夫ですよ、これくらい」
彼はそう言って微笑んだけど、どう見ても無理しているようにしか見えなかった。
さっきの声は、きっと彼の「助けて」って声よね?
ただの小娘には怪我を知られたくないのかしら。上級貴族のプライドか何かかもしれないわね。私も一応上級貴族に分類できるけど、私は庶民的な考え方をする。だって貴族の考え方ってあまり理解できないから……。
それにしても、変に刺激せず怪我を治すには……どうすればいい?
私は少し考えてみたけど、頭が悪いせいで名案は思いつかなかった。聖女であることをバラすしかないみたい。
「実は私、聖女なんです」
「えっ……!」
なんで目を輝かせるの?
やっぱり聖女って珍しいのかな。いや、珍しいけどね。
「聖女なんですか……?」
「はい。だからその怪我、見せてください。治しますから」
「……わかりました」
若干の間があったけど、彼は足首を見せてくれた。
結構深い傷だった。血が出ているから、動物か何かに襲われたのかもしれない。
そっと傷に手を当てると、身体から聖女のチカラが放出される感覚がした。
お願い、彼の傷を治して。
そう念じると、私の手から光が現れ、眩い光が傷を覆う。どこからともなく爽やかな風が吹きつける。風が止み、光が消えたときには、彼の傷は痕すら残っていなかった。
「……これが、聖女のチカラ……」
「治って良かったです」
「ありがとうございました。貴女が聖女というのは、とてもよくわかりました。しかし、なぜこんな夜に森へ?」
「私も聞きたいと思っていました……」
「そうですか。それでは、少しお時間よろしいですか?」
「はい」
私達は、さっきの川の近くへ移動することにした。
「さて、それでは」
川辺に座ると、隣の整った顔立ちがこちらを見る。
「俺はイーサン・スチュワート。二十歳です。ネイサン国の王子に仕える執事をしています。どうぞ、イーサンとお呼びください」
ネイサン国はエディタ国の隣にある国だ。エディタ国のように経済はかなり発展しているけど自然豊かで、「世界一幸せな国」と評されることもしばしば。
経済が発展しつつ、自然豊かなネイサン国に行って自由に過ごすことは、私の小さな夢だった。
でも私はネイサン国に行ったことがない。アリスお姉様や両親は会議か何かで行ったことがある。そのとき私は「出来損ないなんて必要ない」と言われて、留守番をしていた。
って、なんであんな人達のこと思い出してるのよ。私はもう自由なんだから、忘れちゃいたいのに。
「あの……?」
イーサンが訝しげに私を見ている。な、何か言わなくちゃ。
「ごめんなさい。私はネイサン国に行くのが夢なので、ちょっと驚いてしまって」
「そうでしたか。いつかいらしてください。俺の恩人として、おもてなしさせていただきます」
「ありがとうございます」
私もちゃんと自己紹介しないと。イーサンの目を見て、堂々と……。
「私はレティシア・サンチェスと申します。十七歳です。エディタ国のサンチェス家の次女です」
「エディタ国……。ああ、隣にある世界一の自然破壊の国ですか……。あっ、失礼しました……!」
「いえ、いいんです。本当のことですから」
慌てて取り消そうとするイーサンを止めて、私は少しがっかりしていた。
エディタ国の自然破壊は、もしかしたらそこまで酷いものではないかもしれない、と少し思っていたのだ。エディタ国とネイサン国しか知らない私だから、ネイサン国の方がもしかしたら異例な国かもしれないと思って。でもやっぱり、エディタ国は自然破壊が酷いんだ。なんで私はネイサン国に生まれなかったんだろう。ネイサン国なら、庶民でも幸せになれたのに。
「それで、レティシア様はなぜ夜の森へ?」
話が変わり、エディタ国の評判を頭から消す。
「私はもう限界なんです」
私は満月を見つめながら、これまでの生い立ちを話した。聖女である姉のアリスを中心とした家族。姉は何をしても許される存在。挙げ句の果てには私の婚約者まで奪ったのに、両親はそれを咎めることはなかった。なんなら姉の味方ばかりして、私のことを見てくれない。どう見ても姉が悪いのに、私のせいにされる。こんな生活にもう耐えられないから、これから森で暮らそうと思っていたことまで。
イーサンに話しても、何も変わらないのはわかってる。でも、初めて私の話をちゃんと聞いてくれる人に出会えて……少し浮かれてるのかもね。
「エディタ国は、権力と地位が全てですから。アリスという姉が媚びを売っていただけだと思います」
「そうね。私もそう思う。でももういいの。私は自由に生きるって決めたから。自分の未来は自分で創りたいの」
「……その考え方、素敵です」
「ありがとう。そういえばイーサンは?なんでこんな森に?」
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