桜貝のピアス

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控え室代わりの小部屋で、私は椅子に座らされた。 結人が紙の手提げ袋からふわっと何かを取り出した。 「今日は間に合わないかもって言われてたんだけど、頑張ってくれたみたいだ」 小さなティアラのついたショートベールだった。 リバーレースの繊細な花模様が涼しげだ。 「可愛い」 私が声にすると、結人は満足そうに微笑んだ。 「本番はドレスだからもうちょっと映えると思うけど、なかなかいいね」 根元のコームで私の髪にセットすると、結人は私の額に口づけた。 「ベールを()ぐだけじゃなくて着ける役割もすると、俺のものだって実感する」 「…何か、言い方やらしいよ」 ははっと笑って、結人はもうひとつ小さな包みを取り出した。 「それとそのピアス、これに替えてくれる?」 中に入っていたのは、桜貝のピアスだった。 華奢な貝殻に特殊なコーティング加工を施してあるので、強度は増しても綺麗な桃色はそのまま残っている。 同じ色合いのクォーツとゴールドのフックで纏められて、とても明るい雰囲気のデザインだ。 「わあ、綺麗だね。光ってる」 「対になっているものは、幸運のお守りなんだって」 「うん、知ってる。ありがとう」 圭介の言葉を思い出した。 「圭介は『俺らには必要ねえな』って言ってた」 私がそう言うと、結人は少し怒ったような顔できつく抱きしめてきた。その腕の強さと、彼の太陽と海の匂いに包まれて、今さらのように鼓動が速くなる。 去年の花火大会を思い出した。 圭介を忘れられなくて前に進めない私を、結人はずっと見守ってくれていた。あの日、結人と初めてキスを交わして、自分の気持ちに気がついた。 結人の そばにいたい ()かされることなく、自然にそう思えた。 あの時と同じように、結人は私にまっすぐに挑んでくる。 「彼に誓うよ」 耳元で結人が囁く。 「俺は、夏月を泣かせたりはしない」 「結人…」 「…と言おうとしたんだけど、よく考えたらちょっと無理だよな。俺がどんなに優しくしても、泣き虫のなっちゃんは泣いてしまうので、『悲しませたりはしない』にしとく」 「…うん」 「だから、これからは俺のことだけ考えて」 「うん…」 「ほら。もう泣いてる」 結人が笑いながら手を伸ばし、私の涙を拭う。 私は恥ずかしくなってブーケに顔を(うず)めた。白を基調にして、ブルーをアクセントに効かせた花束は、優しい香りで涙を隠してくれる。 圭介からもらったピアスを外し、新しいピアスのフックをホールにひっかけた。貝殻のしゃらんと涼しげな音が耳元で揺れた。 波の音みたいだ。 揺蕩(たゆた)うように私をいつも包んでくれる、鎌倉の海。 圭介  今まで ありがとね 鏡の前の小さなトレーにピアスをそっと置いた。 会場からどっと笑い声が聞こえてきた。 高橋くんがイジられているようだ。 「行こう」 結人が腕を曲げ、手を腰に当てる。 その肘にそっと手をかけて、私は彼に微笑んだ。
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