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  わたくしには、婚約者がいますわ。  と言っても、元になりますけど。目の前には金色の艷やかな髪を短く切り揃え、淡い水色の瞳が麗しい美男子がいます。この美男子が元婚約者のウェリス殿下になりますわね。今日は赤銅色の髪を肩で切り揃え、濃い緑の瞳のわたくしでなくて。淡い白金の髪を腰まで伸ばし、透明感のある琥珀の瞳の可愛らしい小柄な美少女を連れていますけど。  これはどういう事なのかしら。まあ、もう婚約は破棄も同然になったから。関係ないですわね。 「……ルエリア、何とか言ったらどうなんだ?」 「あーら、わたくしは確かにルエリアですけれど。せめて、エルセンとお呼びくださいな」 「くっ、エルセン嬢。この婚約破棄について、申し開きはないのか?」 「ありませんわ、ウェリス殿下」 「そうか、貴様らしいな」  貴様呼ばわりされる謂れはないんですけど?  わたくしは内心で文句を言いました。顔はにっこり、笑っていますけどね。手には扇がありますわ、それで口元を隠しました。  そして、わたくしはこう言い放ちましたわ。 「殿下、わたくしの事は良いとして。隣の令嬢はどなたですの?」 「な、知らぬのか。彼女は俺の恋人で名をリリアという。リリアこそが真の婚約者になるべきだと思った。だから、悪行三昧の貴様に婚約破棄を言ったんだが」 「悪行三昧ね、証拠はありますの?」 「証拠ならある、リリアの証言がな。後、他の子息や息女達からも」 「あらあら、でしたら。わたくしにお聞かせくださいな」  わたくしはリリアなる泥棒猫を睨みながら、言いました。ま、破棄したなら泥棒猫呼ばわりもしなくていいかしら。そんな事を考えていたら、ウェリス殿下はニヤリと笑いました。ちょっと、その笑い方に嫌な予感がしましたけど。 「……いいだろう、教えてやる。まず、貴様はリリアの夜会用のドレスを切り刻んだとか。後、彼女の持っていた扇を壊したとか、まあ色々聞いたぞ」 「……リリアさんでしたかしら、わたくし。彼女とは今が初対面のはずですわよ?」 「えっ、そんなはずは!」  リリアさんが青ざめながら、ついと言うように声をあげました。今は真夏の8月だというのに、体が小刻みに震えています。どうしたのでしょう? 「……おかしい、こんなはずでは」 「何がおかしいんですの?」 「……あんた、ルエリア。悪役令嬢のくせしてしらばっくれないでよね。あんたがやったのは確実なんだから!!」  わたくしは首を傾げたくなりました。悪役令嬢ですって?  このリリアさん、いきなり何を言い出すのでしょうね。頭がおかしくなったのかしら。それとも、被害妄想が激しいとか?  わたくしの頭の中は疑問だらけになりました。 「……リリアさん、わたくし。先程、言いましたでしょう」 「何をよ!」 「()()()()()()()()()()()」  わたくしが言ったら、リリアさんはさらに青ざめて顔色は紙のように白くなります。意味が伝わったようで何よりですけど。 「……う、嘘よ。後、もう少しだったのに」 「嘘?もう少しだった?どういう事だ、リリア」 「ウェリス様、あたしは!ただ、ルエリア様に謝っていただきたいと思いまして」 「……リリア、いや。アリセア子爵令嬢。俺はエルセン公爵令嬢に君が嫌がらせを何度も受けたと聞いた。が、彼女は君と初対面だという。どういう事だ?」 「そ、それは。ルエリア様は嘘をついているんです!」  わたくしはあまりに聞き捨てならない事に眉間に皺を寄せました。リリアさんを睨みつけます。 「嘘ねえ、あなたがそうなのではなくて?」 「なっ!」 「ねえ、リリアさん。王太子殿下に嘘を申し上げる事は虚偽罪に当たると考えた事はありましたの?」  冷静に告げると、リリアさんは真っ白だった顔色を赤くさせました。 「あんたに言われたくないわ!何が虚偽罪よ!!」 「言った通りですわ、あなたはオツムが悪くていらっしゃるの?」 「……頭が悪いと言いたいわけ、やっぱり性悪ね」  あらあら、自身の罪を認める気は一切ないようですわね。困りました。そう思っていたら、ウェリス殿下がこちらにやって来ました。リリアさんを何故か、睨みつけています。 「……リリア、失望したよ。まさか、エルセン嬢を嵌めようとしていたとはな」 「え、ウェリス様?!」 「騎士達、リリアを連行しろ!!」  殿下が一声を上げると、大勢の騎士様達がリリアさんを取り囲みました。皆、一斉に剣を鞘から抜いて彼女に突きつけます。 「ウ、ウェリス様、あたしは何もやっていません!」 「黙れ、お前は俺に大嘘をついた。ルエリア嬢は何もしていないのは、調べがついているんだ」 「……ルエリア、あんたがあたしをいじめないから!!こうなったのよ!許さないわよ!!」  リリアさんはまるで、悪鬼のような表情でわたくしに言い募ります。そうしたら、殿下が庇うように前に出ました。いきなりの態度の変化に頭が流石に付いて行きませんけど。 「その者を地下牢に連れて行け!!」 「……ちょ、待ってよ!!」 「待たぬ、連れて行け」  ウェリス殿下はそう言って顎をしゃくりました。騎士が取り押さえると、リリアさんの両手首に縄が掛けられます。繋がれた状態で彼女は引きずられるようにして連れて行かれました。わたくしは殿下や他の賓客方と共にそれを見送ります。 「……疑ってすまなかったな、ルエリア」 「いえ、構いませんけど。殿下はいつ、お気づきに?」 「今から、二ヶ月程前かな。リリアの証言が怪しいと思えたんだ、まあ。君に付けていた影からの報告で気がついたんだが」 「そうだったのですわね」 「さあ、君はもう帰りなさい。疲れたろう」  わたくしはにっこりと笑いながらも頷きました。ウェリス殿下も同じように、笑います。 「わかりましたわ、お言葉に甘えさせていただきます」 「……いつも、それくらい笑っていたらいいんだがな」 「何か、おっしゃいまして?」 「いいや、何も。ルエリア、また明日に会おう」 「ええ、また明日ですわね」  わたくしは手を振って、夜会の会場を後にしました。殿下が見送っていたのには気づかぬ振りをしましたけど。  あれから、早いもので1年が経ちました。元婚約者であったはずのウェリス様は、現在はわたくしの夫になっています。何故かですけど。  つい、1ヶ月前に結婚式を挙げてわたくしは晴れて王太子妃になりましたわ。王妃教育や公務やらで多忙な毎日を送っていますけども。 「すまない、ルエリア。遅れてしまった」 「そんなに遅れていませんわ、リズ様」 「なら、いいんだが。ルーエ」  いつの間にか、互いに使うようになった愛称を呼び合いました。途端に、ウェリス様は甘くとろけるような笑顔を浮かべます。あまりの甘さにわたくしは顔が自然と熱くなるのを止められません。そっぽを向いたけど、ウェリス様はくすくすとおかしそうに笑います。 「いちいち、可愛いな。ルーエは」 「か、可愛くなんかありません事よ!」 「そんな事言っても、顔が赤いよ」  指摘されて、余計に顔に熱が集まります。誰のせいだと思ってますの!  内心で毒づきながら、ウェリス様を睨みつけました。 「ルーエ、そんな目で見なくても。わかったよ、君をからかうのはこれくらいにしようかな」 「……わかったのなら、いいんです」 「そうか、なら。一緒に今からお茶でも飲もう」  仕方ないとため息をつきながらも、わたくしは頷きました。ウェリス様はソファーから立ち上がるわたくしに手を差し伸べてきます。そっと自身のそれを重ねました。ぎゅっと力強く握られます。何とも、形容し難い気持ちが湧いてきました。  もし、あの時にわたくしとウェリス様が婚約破棄をしていたら。こんな未来はなかったかもしれません。幸いにも、ウェリス様がリリアの企みに気づいていたから、今があるわけですけど。  そう結論付けると、わたくしはウェリス様と歩き出しました。 「リズ様、これからもよろしくお願い致しますわね」 「ああ、頼むよ。末永くね」 「ええ、わたくしね。思いっきり、赤ちゃんが生まれたら可愛がろうと決めていますの。もちろん、リズ様も一緒にですけど」 「……そうか、奇遇だな。俺もそう思っていた」 「あら、そうでしたのね」  ドアの前まで近づくと、ウェリス様は自分で開けます。先に彼が、後でわたくしが部屋から出ました。ドアが閉められると廊下を静かに歩きます。 「……ルーエ、君には早めに世継ぎを生んでもらわなければな」 「あら、気が早いですわよ」 「何、俺にはいつでもその用意はある」  そう言って、ウェリス様はニヤリと笑います。やっぱり、性格が悪いわね。この方は。わたくしは仕方ないかと今日で2度目のため息をつきました。ウェリス様と一緒に庭園へと歩いたのでした。  ――The end――
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