5

1/1
前へ
/5ページ
次へ

5

 今度は私が固まる方だった。  ディランは今、なんて? 「え、素敵じゃないと言ってない? って、ことは……」  都合良く解釈しそうになる頭を、私は激しく横に振った。 「だって、私、こんな顔よ?」 「知ってます」 「何考えてるか、分からないでしょ?」 「元々察しが良い方ではないので、その都度貴女の気持ちをおっしゃっていただければ問題ないです」  憎らしいことに、ディランは元の冷静さを取り戻している。 「でも、でも私」  やっぱり、とても“素敵”だなんて思えない。  ディランの顔を見られなくなって、下を向く。 「私、師匠が亡くなった時ですら、泣かなかったのよ」 「それは――俺が死んだときのことを心配されてますか?」  はっきり言われて、全身がサッと冷たくなった。  考えないようにしていたけれど、それが魔女と人間の持つ時間の差だ。 「泣いて下さらなくても結構。いつも通り笑っていて下さればそれで十分です」  私は驚いて顔を上げた。 「いつも通りって、そ――」  ディランは、私の口を手のひらで塞いだ。 「貴女の笑顔、俺は好きですよ」 「うそ、でしょう……?」  ディランは少し怒ったように、眉を寄せる。 「ここで嘘を言ってどうするんですか。だって貴女の笑顔は」  彼の瞳は、見たことがない程優しい色をしていた。 「魔女であると決めた、貴女の決意の証でしょう?」  ズルい。  私があれほど悩んでいたのに。  どうして私自身が愛せないこの顔を、あっさり素敵だと言ってしまうの。胸の中で温かいものが膨らんで、私は思わず胸に手を当てた。 「それでも気になるようでしたら、そうですね。また墓前に花でも供えて頂けますか? もう一度咲かせることに成功したらになりますが」 「花——」  確かに私は、師匠が亡くなった時、墓前に花を供えた。けれど、誰にもそんな話をした事はない。 「どうして、そのことを知ってるの?」  彼は一瞬だけ迷うような素振りを見せて、口を開いた。 「この際だから話しますが、俺は幼い頃貴女を見かけたことがあるんです。この森の中で」 「え」  嘘でしょう。いや、でもディランはそんな嘘なんてつかないわ。 「遊んでいる内に迷い込んだんですが、その時貴女の姿を見たんです。あの時の貴女は、何かに向かって語りかけていました。恐らく先代のお墓でしょう。俺は、その時の話を聞いてしまったんです。貴女が毎年供えていた『魔女の涙』を意味する花の事を」  そうか。あの時の事か。  私が自分の涙の代わりに供えていた、『魔女の涙』の名を持つ花。  でも、それはいつの間にか枯れてしまって、その時を境に供えられなくなってしまった。 「貴女はその花がもうない事を、淡々と語っていらっしゃいました。そして、と。でも俺には酷く、悲しそうに聞こえました」  そんなことも、あったわね。  遂に、私の涙は全て枯れたのだと。そう思って安堵する反面、悲しかったかもしれない。 「良く覚えてるわね、そんな昔のこと」  思わず呆れたように呟いてしまう。  反論するように、ディランが素早く反応した。 「忘れるわけがないでしょう。あれは俺の初恋——」  え。  珍しく、本当に珍しくしまったと言う顔をして、ディランが自分の口を覆った。そして、顔を空へと背けてしまう。 「ディラン」  彼の横顔は耳まで赤かった。  あれ。  そう言えば、彼がどうしても咲かせたいと言っていた花。協力しようとする度、何故かはぐらかされてきたけれど。  さっき、『咲かせることに成功したら』って。 「もしかして、ディランが咲かせたかった花って……」 「そうですよ。あの花です。貴女が悲しそうだったから、あの花をもう一度咲かせれば喜んで貰えると思ったんです。——まぁ、半分くらいは弟子入りする口実ですけど」  開き直った様に、ディランは私にいつもの調子で言う。  いいえ違う。まだ顔が赤いまま。 「とにかく。バレてしまったからには、師匠(せんせい)にも協力していただきますよ。俺一人じゃなかなか上手く行かないんです」  どうしよう。胸が一杯だ。  でも、 「うん。ちゃんと協力してあげるわよ。それはそれとして」  私は少しだけ、彼に意地悪がしたくなってしまった。 「お互いはっきりさせましょう。まずディラン。初恋の相手が、誰だって?」 「な——言わせるんですか。もう、分かっていらっしゃるんでしょう?」  それでもちゃんと聞きたいのだ。彼の口からもう一度。   そしたら私も、私の笑顔を好きになれそうだから。  彼は少し不満げな顔で頬をかいて、その後私に向き直る。  その口から紡がれた言葉は、魔法のように、一瞬で私の闇を吹き飛ばした。  ふふ。ついさっきまで、好きになれそうにないとか言ってたのにね。  そして私はいつものように微笑んだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加