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 ちらほらと席の埋まっている午後のファミレスで、制服姿の男子高校生三人組がタブレット端末を囲んで頭を寄せ合っていた。 「なぁ、そういえば〝六機(ろっき)〟の連載、今日更新されてんじゃね? 俺まだ見てないから見せてよ」 「あーそうだっけ? でも嫌だよ、いま超熱いとこじゃん。家帰ってひとりで見てーわ」 「お願い」  ひとりが拝むように手を合わせるが、持ち主らしき男子は渋っている。しかし根負けしたのかタブレットを引き寄せて目的の画面を表示させると、また三人の真ん中に置いた。 「おー」「え、そうくるか?」「やべえ」  興奮した三人の感嘆の声が漏れ聞こえる。  彼らの後ろの席に座っていた二十代半ばの男は、その声に、押さえきれない笑いで肩を震わせていた。食事も終わりコーヒーを飲んでいた背の高い連れの男が、いぶかし気に彼に聞く。 「弘樹(ひろき)、どうかした?」 「いや、だって。まあいいや後で話す。もう行く?」  そうだね、と応えた男が伝票をつかみ、ふたりは席を立った。高校生たちの横を通った弘樹と呼ばれた方が様子をうかがうと、彼らはまだ食い入るように夢中になって画面を見ている。再びこみ上げてきたうれしさのまま、弘樹は身を乗り出して上機嫌に言った。 「漫画、読んでくれて、ありがとう」  え? と彼らが顔を上げたときには、弘樹たちはもうすでに店を出ていくところだった。 「なにあれ?」 「さあ。『ありがとう』だって。お前何かした?」  いやなにも、と三人は顔を見合わせて首をひねった。 「そうそうところでさ、この作者の〝六機〟って実は女だって噂あるんだけど本当かな」 「え、男でしょ? 俺、男だと思ってた」 「俺も。だけどさ、やたらSNSの投稿に男の手が写り込んでるんだよ。本人じゃなくて、な、これもラーメンふたり分じゃん。彼氏といるの匂わせてんじゃないかって言われてんだけど……」  そうしてタブレットに表示された投稿は、どこかで食べた昼食の写真のようだった。 「まあ女の作者もいるよな、でも六機は違うだろ。俺、なんかのインタビューで読んだ。普通にサラリーマンか何かしてたのがバズって漫画家になったんだろ? 口調は絶対男だったよ」 「マジか、じゃあ何の匂わせ? 俺ら何見せられてんの」 「さあ……」  そんなことよりさ、と移り気な彼らの興味は別の話題に変わる。噂をしていた漫画家本人が、居合わせていたとも知らずに。
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