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暇な学生、主婦、自営業、年金暮らし、本当に引きこもり。何をしている人間なのか不思議に思っていた。
常にスマホかパソコンを開いていて、即レスできる環境で、この辺にランチにも出かける。土日は閑散とするほとんどオフィスビルしかない街だ、ということはやっぱり会社員なのだろうか?
それにしたって謎すぎる。ストーカーと言ってもいいかもしれない。またぞくぞくと寒気がしてきてワイシャツの上から腕をこする。
「でもな……」
つぶやく言葉に力がこもらないのは、だから〝マナブ〟をブロックして関係を断ってしまうまでには、踏み切れないからだった。
「一回だけだしな、別に」
振り切るようにスマホをポケットに戻す。
何もされていないんだ。本当に暇な人なのかもしれないし、決めつけるのはまだ早い。そう考えながら弘樹は足を速める。
謎の人物だとしても〝マナブ〟のコメントはいつだって優しかった。前向きで気遣いにあふれた文面で、『すごいです』と弘樹をほめて持ち上げてくれた。
振り返ると、落ち込んでいたときにそれで励まされたこともけっこうある。匿名だから平気で人を傷つける言葉を吐けるSNSだけど、けなされたり嫌なことを書かれたりしたことは一度も無い。純粋に好意だけでフォローしてくれていて、悪意がないのはこれまでのやり取りで明らかだった。
ずっと〝六機〟をフォローしていてくれる人はちらほらいるが、こんな熱意で追いかけてくれる人は他にはいない。
〝マナブ〟こそが自分のファンだと思う。
レスが早すぎるからといって、たまたま現実でニアミスしそうになったからといって、実害があるわけじゃない――弘樹は、例え少しばかりの違和感を感じていても、そんなファンであるマナブからのピタやコメントが途絶えてしまうのは、惜しいと思っていた。
◇◇◇
時刻は午前二時すぎ。そろそろ寝なくてはまずいのに、ちっともオリジナルの創作漫画が進まない。
最近思うように漫画が描けない。
いつも聞いている深夜ラジオからは大ヒットしているアニメの主題歌が流れてくる。最近SNSに投稿されるイラストもそのアニメ一色だ。元気な弘樹なら右に倣えのユーザーたちに何か言いたくもなっただろうが、今はただ「すごいな」とため息しかでてこなかった。
二次創作はもうキャリアも長い。十代の若い書き手もぞくぞく出てきて突き上げられている。自分もそろそろ、二次創作される側に進むべきじゃないのか? そう思い立ってアニメの二次はいったん頻度を減らし、イチから自分で考えたオリジナル漫画の投稿をはじめてみた。みたのだが、思ったよりまったく道は険しかった。
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