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 勢いで描き始めるものの、途中でこれじゃつまらないと気づいてストーリーを変えたくなる。試行錯誤しているうちに最初はどうしたかったのかもわからなくなって、ブレブレになって、進む方向が決まらなくなる。  出来上がった漫画はまあ絵はきれいで見られるが、それだけだ。結局どこかで読んだことのある深みのない勧善懲悪なお話に落ち着いて、読み返しても自分でさえ面白いとは思えなかった。  最初にプロットを練っても同じことだ。いつも自分でつまらないと気がついて迷走してしまう。  それでも毎日更新しないとフォロワーが離れていくから、納得していなくても投稿はする。中には面白いと思ってくれる人もいるかもしれないと淡く期待して。でも当然反応は良くなくて落ち込む……。悪いループにはまっている。  一昨日には、よせばいいのに自分の名前を検索して『六機のオリジナルは読む価値ない』と書き込まれていたのを発見してしまった。  二次創作のときも悪く書かれることはあったけど、それはまだ解釈の違いと割り切ることができた。だがオリジナルだ。まるで自分自身が否定されているように批判の言葉がぐっさり突き刺さるのだ。  だから書いたのはどんな奴なのか、つい相手のアカウントを熱心に探ってしまう。無駄な時間だ。そんなことをしているのなら少しでも睡眠をとってリフレッシュすればいいのに、わかっているのに頭から離れないのも、かなりきつい……。 「はぁ」  深く息を吐いて、進まない漫画用のタブレットからマウスに持ち替える。SNSを開き、ぽちぽちと指を落として書き込んだ。 『ねむれない。あしたも仕事だー。あーだりぃ』  誰に向けているわけでもない。どうでもいい内容だ。〝リムレス仙人〟が推奨する通り泣き言をさらすのにだって程度があると思う。軽い愚痴ぐらいならいいが、誰だって他人の本気の苦しみを聞くのはごめんに決まっている。  それにやっぱり、どうしても弘樹のプライドが許さなかった。本音を晒して、暗くて鬱陶しい人間だと、誰にも思われたくなかった。  AMラジオのざらざらした音は、深夜の寂しさをいっそう際立たせる。弘樹は定位置の椅子に腰かけたまま、机の上のペンタブレットに頭を落としてぐりぐりとおでこを擦りつけた。  自分は一体何のために、ここまでして漫画を書いているのだろう? たいして人気のある作家でもないのに。お金にもならないのに、何のために?  考え出すと止まらなくなる。暗闇の中、思考はぐるぐると螺旋を描き負の方向にもぐっていく。  弘樹はたまにこうしてひどく落ち込むことがあった。  狭くて汚いワンルームに一人ぼっちで、毎日会社と家の往復だけ。実家とは疎遠だ。腹を割って話せる人はいない。友達も同人仲間しかいない。それを友達と言っていいのかわからない。生きがいはSNSに投稿することだけ。それもうまくいかない……。
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