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寂しい。苦しい。つらい。
ぽたぽたと落ちた涙が、灰色のタブレットの上に黒い模様を描いていく。これから自分はどうなるのだろう? どうしていけばいいのか。不安でたまらない。
「えっ……ひうっ、ううっ……」
本格的に泣き出した弘樹の耳に、微かにスマートフォンがブブブと振動する音が聞こえた。SNSにコメントが届けば通知がくるから、きっとそれだろう。
鼻をすすり、のろのろとマウスを握ってまたパソコンに向かう。リロードした画面には、マナブからの返信が届いていた。
ランチの後のことがあったから一瞬身構える。
『六機さんお疲れさま。眠れないの? 原稿がんばりすぎ? 心配です。無理しないで』
だけど、いつもと変わらず気遣ってくれる優しい文章が心にしみて、くすぐったくて、すぐにうれしくなった。自然と口元が笑みの形になる。
もう一度鼻をすすってキーボードに手を置く。
「そっちこそ寝てないのかよ。マジで何やってるヒト?」
うれしいくせに憎まれ口をたたく自分が可笑しい。心配してくれてありがとう、そう打とうとしたとき、また、マナブから返信が来た。
『実は僕、六機さんに憧れて自分でも漫画を描いてみました。まだまだ下手で恥ずかしいけど、思い切って上げました。良かったら見てください』
文章の最後には、作品ページへのリンクURLが貼ってあった。
「へぇ……、どんなんだろ」
興味がわいてクリックした先には、全体で二百ページほどの漫画が置いてあった。
ちょうど単行本一冊程度の長さだ。すでに完結しているようで、それには感心しつつうらやましくも思う。
しかしまず表紙を見て、思わず弘樹は吹き出した。
彼は一体いつから漫画を描きはじめたのだろうか。三頭身に近いキャラクターが、マジック一本で描いたようか均一な線で描かれている。
パースも陰影もあったもんじゃない。一言でいえば、下手な絵だった。びっくりするくらいドヘタ。小学生の絵といい勝負だ、いや今どきの小学生はもっとずっと上手く描く。
「えぇ? へへ……あはは。なにこれ、すっげぇな」
声を立てて笑ってしまった。
申し訳ないがこれは面白い。この下手さでギャグ漫画ではなくシリアスに話が展開していくのがまたツボに入る。
弘樹は画面に向けて身を乗り出し、時よりおさまらないクスクス笑いを漏らしながら、斜め読みしていく。
下手な漫画に出会うと冒頭だけで嫌になるのが常なのに、なぜか途中でやめようとは思わなかった。不思議と続きが読みたくなる漫画だった。いつの間にかちゃんと、一ページずつ話を追っている自分がいた。
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