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 きっとストーリーの組み立てがうまいのだ。それと、手を抜かれていないことがわかる一生懸命に描かれた効果線やコマ割に、弘樹の影響を感じたからだろうか。  おそらく彼は誰もが通る模写やハウツー本での知識を得ることなく、ただ『六機』の作品だけを参考にしてこの物語を描き上げたに違いない。下手なりに『六機』の絵に近づけようと試行錯誤しているさまが伝わってくる。自分の匂いをそこはかとなく感じて恥ずかしいようなうれしいような、むず痒い気持ちになっていた。  気がつけば弘樹は引き込まれ、あっという間にその物語を読み終わっていた。読了後の余韻も悪くない。キャラクターに感情移入してしまったくらい夢中になっていた。  しかし惜しむらくは絵が下手すぎること。ラスト近くになれば上達も感じられたが、これで読もうと思ってくれる人間は少ないだろう。 「うーん、なんて言えばいいかなー」  背もたれを倒して伸びをしながら考える。弘樹だって漫画を描きはじめた中学生の頃は下手くそだった。読み返すと恥ずかしくてたまらなくて全部無かったことにしたいくらいだ。  絵を描くのが得意だったからそれほど苦労せずに上達してこられた感はあるが、流行りの絵はどんどん変わっていく。古臭いと言われないように今だっていつも研究し続けている。 〝マナブ〟がどんな人なのか、まさか中学生ということはなさそうだが、おそらく今の自分の精一杯を出し切って描いたのは伝わってきた。  その姿は自然と昔の自分と重なった。適当に、うまいですねとお世辞を返すのは簡単だ。何の義理もないのだから正直に下手だと思ったと伝えたっていい。だけど弘樹は、彼の初めての作品を、ちゃんと評価して励ましてやりたいと思った。  教師にでもなった気持ちで慎重に文字を打つ。 『見ました。最後まで一気読みしました。二百ページ完結マジですごいっす! はじめて描いたってほんと? そう思えないくらい構成が見事でした。ストーリーは嫉妬レベルでうまいです。でもちょっとだけ厳しいこと言わせてもらうと、アクセス数増やすには絵はもっともっと練習しないとかもです。良かったらデッサンとかおススメの描き方動画紹介するんで見てみてください。マナブさんなら大丈夫、絶対もっとうまくなると思います。俺もまだまだだから、これからも一緒に頑張りましょ!』 「ってかんじで、いけ」  送信ボタンをクリックして画面を見つめる。すこし上から目線だったかなと読み直していたら、すぐに返信がきた。 『しょぼん……ですよね。正直僕はもう絵は無理かと。とても六機さんみたいには描けないです。やっぱり六機さんは偉大でした。自分で描いてみて改めてそう思います』 「いやいやいやいや、頑張れよ」  彼は褒めるのがうまいなと思う。少し卑屈じゃないかと感じるほどだ。しかしおだてられると悪い気はしなかった。
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