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『本当に大丈夫ですって! 俺も最初は信じられないくらい下手でしたもん』そうキーボードに打ち込む弘樹の心は、いつの間にかすっきり晴れていた。涙も乾いている。  またマナブに励まされたことに、弘樹は気づいていた。  もしかしたらファンを飛び越して、今の自分の一番の友達は〝マナブ〟なんじゃないかな、ふとそう思う。  ストーカーみたいで気味が悪いと思ったこともあった。だが例え顔も年齢も性別さえ定かではなくても、ほとんど毎日こうして会話しているし楽しい。  今や彼の存在はすっかり弘樹の生活の一部になっている。だったら友達と呼ぶには十分なんじゃないだろうか。〝マナブ〟だってこんなに頻繁にレスを返してくれるのだ、弘樹に近い気持ちでいるのは間違いない。 「ふぁ……」  今日はもう眠れないかもしれないとあきらめていたのに、急に襲ってきた眠気にあくびがこぼれる。ふと流し見た画面上、昨日アップロードした連載中のオリジナル漫画に、新しいピタがついたのに気がついた。何気なくユーザーを確認して弘樹は固まった。  名前とアイコンだけじゃ確かではない。プロフィールまで見て確信する。ピタをくれたのは、弘樹をここまで導いてくれたブログの作者、『神』と呼ばれていた、〝リムレス仙人〟だった。 「うっそ、リムレス仙人、なんで?」  思わず立ち上がってもう一度確認する。マナブからまた返信が来ていたが、それを読むどころじゃなくなった。  どうする? ピタをくれたくらいでこちらから話しかけるのは迷惑だろうか? もしかしたら気軽にいくつも送っているうちのひとつかもしれない。多分そうだろう、でも……。さんざん迷った末、『ピタありがとうございます! 自分もファンです』と送った。はしゃぐ気持ちを抑えて控えめな文章にしたつもりだ。するとすぐに返信が来た。 『これからも楽しみにしてます』 「おぉ……」  あちらも温度の低い文章だったがまあいい。〝リムレス仙人〟はフォロワーも桁違いに多い。ピタをたどって弘樹の漫画を見てくれる人もいるかもしれない。期待に胸が熱くなった。   なんだがやる気がみなぎってくる。 「よっし! やるぞ」大きく伸びをして机に向かう。だが――意気込んだとしてもアイデアが降ってくるわけではない。まあ今は寝よう。明日、もっと頑張ろう。そう思いながら弘樹は布団にもぐりこんだ。 ◇◇◇  今日のランチは会社近くの店だ。何度か登場させている路地裏のイタリアンのお店。タウン誌などに紹介されたこともあって有名で、弘樹には直視できないきらきらした女性でいつも混雑している。  正直冴えないサラリーマンの自分がひとりで入るのは辛い。だが最近始めた一日二十食の限定メニューが評判になりつつあるとリサーチしたからには、行かないわけにはいかなかった。   すべてはアクセス数のためだ。
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