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 そのうえ今日会社であったことが頭から離れなくて、弘樹は集中するどころではなかった。  朝会社に行ったら、弘樹の席はなぜか課長の隣になっていた。人事総務部は人事課と総務課に分かれていて、弘樹の所属する総務課は六台の机が向かい合って島をつくっている。人ひとり通れる通路を挟んで人事課だ。課長だけが少し離れてみんなの方を向いて座っているのだが、なぜかその横にもう一台机が置いてあって、その片方が今日から弘樹の席だと突然言われた。まるで家庭教師に教わっている子供みたいな配置だ。 「え? ええ?」  挙動不審に助けを求めて周りを見回す弘樹に、課長は楽しそうに言った。 「どうよ? これなら居眠りできないでしょう?」 「…………」  勘弁してくれ! と心の中で叫んだが、「羽村君は私がきっちり育てるからね」と張り切っている課長に何も言えなかった。  なんなんだ。そこまでするか? こんなの酷い見せしめじゃないか。同じ課の同僚に目をやったらさっと視線を逸らされた。課のみんなが陰で笑っている姿が目に浮かぶ。  おまけに昼も課長に誘われて断り切れずに一緒に行くことになった。  貴重な時間が課長の話につき合わされて消えていく。課長の中学生の子供のことなんて興味ないし、若いころの苦労話なんてなんの参考にもならない。長く会社にいれば評価された時代とは違うんだ。  しまいには仕事以外の悩みは無いかと聞かれた。なんで会社の上司なんかに相談しなきゃならないんだ。それより僕の時間を返してくれと、笑顔に見えるように努力して表情を作りながら、ずっと胸の内で思っていた。 『今日はさいあく。上司につかまって昼がつぶれた。俺だけ目ぇつけられてる 涙』  日課になっているランチの投稿ができなかった。仕事が終わり駅へと向かう道すがら、釈然としない気持ちをSNSに書き込むと、フォロワーから『わかる。上司うざい』『パワハラじゃね』『お疲れ、大変だったね』と返信が届く。 「そうなの、大変だったのよ……」  共感してもらえると少しは気が晴れる。ぼやきながら適当にSNSで他の作品をクリックして眺めていたら、〝マナブ〟からも返信が届いていた。 『たまには会社の人と食べるのもいいと思うよ。上司からコミュニケーションのきっかけを作ってくれたんだね。いい関係が築ければいいね』  読みながら弘樹の眉間にはみるみる皺が寄っていった。 「はぁ?」  なんなんだ、このわかった風な言い方は。だいたい昼っていうのは休憩時間だぞ? なんで上司と過ごさなくちゃいけないんだよ、仕事の延長じゃないか。そのへん同情とかないのか?いつだって自分を手放しで励ましてくれるはずのマナブなのに、想定外の言葉が届いてムッとした。すっきりしない気持ちのまま返信する。 『コミュニケーションっていうかお説教? おばさんといい関係とか無理っす』  返信はすぐにきた。
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