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『性別や年齢は関係ないよ。尊重しあわなきゃ、良い仕事にならないよ』 「は? はあぁあ? なにこいつ」  電車を待つホームで思わずガラの悪い言葉がこぼれる。 「『尊重』とか言っちゃって意識高い系の社畜かよ。ろくな漫画も描けねえくせによ」  イライラと爪を噛みながら何か言い返してやりたいと考えた。  爪を噛むのはもう中学生で辞めたと思っていた悪い癖だ。しかしカッと血の上った頭はそんな事にすら気づけなかった。  味方のはずのマナブにはじめて共感や励まし以外の言葉を返されて、自分でも不思議なくらいショックでたまらなかった。ただただ怒りだけが湧いてきて抑えられなかった。  そんな気持ちでは口汚い罵倒の言葉以外浮かばない。  さすがにそんな書き込みをすればどうなるかはわかっているから、やがて返信するのをあきらめて、やってきた電車に乗り込んだ。  家に帰った弘樹は音を立てて定位置の椅子の背によりかかると、大きく息を吐きだす。  結局そこでやり取りは終わった。帰りに買った夕食のコンビニ弁当を食べて満腹になると少し落ち着き、今はそれどころではない切り替えて原稿をやろうと思った。だが思い出したらダメだった。ぶり返してきた怒りで気分が悪くなる。 「あーもう、いいや」  もうどうでもいい、返信もしないし、からみもしない。勝手に下手くそな漫画でも描いてりゃいいんだ。そう思いながら弘樹はマナブのアカウントの作品ページをもう一度開いた。 「なにこれ」  やっぱりどう見ても下手すぎるその漫画を鼻で笑う。 「パース狂ってキャラ浮いてるし、コマ割逆だしセリフの順番も逆じゃん。読めないし、漫画じゃねーな」  我ながら性格が悪いと思うが、こうでもして毒を吐きださなければとても気がおさまらなかった。 「こんなの俺が描いた方が百倍面白くなるんじゃ……」  口にしてからハッとして弘樹は動きを止めた。 「…………」  自分の口から何気なく出た言葉が示唆することにドキドキと心音が速くなっていく。  何年も漫画を描いているが、それだけはしてこなかったことだ。  誰かの作品を――盗むこと。  ストーリーや作画のエッセンスを意識的に盗むこと、つまりパクりは卑怯な行為だが黒じゃない。黒にも白にもなる、境界線があいまいなグレーだ。  盗むと言ってしまえば聞こえが悪いが、要するに真似することは誰でもやっていることだ。トレースとかわかりやすくアウトなものは別として、いちいち取り締まっていたらきりがない。誰だって生まれた時から親や同級生や周りを真似して色んなことを覚えていく。創作だって同じだ。好きな作品を参考にして真似して、こうしたいとイメージを膨らませながら形作っていく。
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