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 きっと弘樹の画力ならもっとキャラクターが魅力的になる。ストーリーも荒いところを整理して肉付けすれば、さらに良くなる。  ――俺の方が面白くできる。  そう思ったら、胸の奥から描きたいという衝動が湧き出してきた。こんな感覚になったのは本当に久しぶりだ。机に向き直ってペンをとる。ペンが走る。どう描けば良いのか、導かれるように自然と理解できた。  楽しい! 机にかじりつく弘樹の目は輝いていた。その日あっという間に十ページ以上が仕上がった。いつものようにアップロードしようとした手が、一瞬止まる。だが絶対に良いものが描けたという自信があった。早くみんなに評価してもらいたい。そう思うとわくわくしてきて、少しのためらいなど吹き飛んでいった。 ◇◇◇  平日、十二時三十五分。弘樹はスマホと目の前の列を見比べて悩んでいた。  やっとひとりでランチに出られた今日、念願の〝すし玄〟に来てみたのだが、会社を出たのが遅かったせいか、すでに行列が出来ていた。弘樹の前に並んでいるのは六人。友達同士らしい中年女性ふたりと、弘樹同様ひとりのサラリーマン、それと財布を手にした若い女性三人組。少しずつ進んではいるのだが、この調子だと食べて時間内に会社に戻れるかは微妙なところだ。  そもそも出遅れたのは課長の話が伸びたからだ。少しぐらい戻りが遅れても許されるだろうか? 悩みながら店の看板だけは写真に収めておく。せめて来た労力は無駄にしたくない。そのままSNSに、『人気店なので混んでます。昼にありつけるだろうか……』と書き込んでアップした。  おしゃべりが止まらないかしましい中年女性たちが店内に案内されたので、一歩進みながら再びスマホに視線を落とす。  十日ほど前にSNSに公開した新作の漫画は、初日こそ反響は少なかったが、じょじょにアクセス数を増やしている。前からのフォロワーさんからの反応も上々で、ここのところ変化のなかったフォロワー数もじわじわと増えはじめていた。  その数字を見ていると自然と弘樹の頬は持ち上がる。にやにやと顔がゆるむのが止められなかった。課長の目が無かったら一日中でもスマホを眺めていたくらいだ。努力がむくわれて成果が上がる。こんなに気分がいいのはいつぶりだろう。ただのインターネット上の数字なのに、弘樹の目には驚くほど現実の世界も輝いて見えていた。  さっき投稿した写真にも順調にピタが増えていく。こちらはいつもと変わらない。ただ――〝マナブ〟からの返信は無かった。
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