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「はい上げましたっと、さっそくきたー。はいはい〝マナブ〟さん。いつも早いね、一分かかってないんじゃん。こいつ仕事とかしてんのかな? 引きこもりですか? でも常連だから丁寧に返しとこ。『いつも一番ありがとう! うれしいです』っと」  弘樹は撫でるようにキーボードを叩き軽快な音で入力を終わらせると、モニターの明るさを頼りにお湯を入れておいたカップラーメンを手に取った。集中できるからいつも部屋の電気はつけない。汁が飛び散るのを気にしながらあえて固めにした麺をすすり、次々にコメントのツリーができあがるデスクトップPCの画面を目で追っていく。  表示されているのは、SNS―ソーシャルネットワーキングシステム―つまりインターネットを介して個人が匿名で交流できるアプリケーションツールだ。説明するまでもない。数年前には存在もしていなかったのが嘘みたいに日常の中に存在し、すでに生活の一部になったサービスだ。例外なく羽村弘樹(はむらひろき)もユーザーのひとりだった。しかも依存症と言っていいくらいに重度の。  ひとくくりにSNSといえどもサービスごとに特色がある。リアルな繋がりを重視するもの、あえて短文のみに限定したもの、写真や動画がメインなもの。世の中には様々あるが、弘樹がもっぱら利用するのは、イラストや漫画に特化したSNSだった。  簡単な登録さえすれば、ユーザーは誰でも自分が描いた作品を投稿することができる。それを見た他のユーザーは、コメントで感想を送る。もっと気軽に『いいな』と思ったら、独自の〝気持ちぴったりマーク〟略して〝Pita(ピタ)〟と呼ばれるアイコンボタンを押す。すると画面上の両手を模したアイコンが手の平を打ち合わせ、拍手のようなアニメーションをするのだ。ピタや閲覧数はランキング化され、自分の作品がどれくらい人気なのかも知ることができた。  弘樹の日課は、そのSNSに自分の描いた漫画を見開き二ページずつ投稿することだった。  完全なオリジナル作品ではない。アニメ放送された作品のキャラクターを主人公にして、勝手に話を膨らませて描いたいわゆる〝二次創作〟の漫画で、趣味の範囲だ。  今日もいまさっき投稿した。弘樹はこのサービスを使い始めてもう五年以上になる。地道な交流のおかげでファンと言ってもいい人たちや仲間もいて、投稿すればコメントやピタはもらえる。  もらえるコメントは十件程度、たいていが『すごいですね』とか『さすがです、続きが読みたいです』とか当たり障りのない賞賛で、挨拶みたいなものだ。最初はずいぶんうれしかったがそれもすっかり慣れた。  投稿にまた、ピタマークがひとつ、またひとつと積みあがっていく。六……十二……二十……三十一……。  数字の動きは止まり、しばらく待ったがそれ以上は増えなかった。  また五十に届かない。期待していた数字には届かない。 「はーくっそ」  奮発して買った背もたれの高い椅子を思いっきり倒して天井を見上げる。酷使していた首がピキピキと鳴って血が巡りだすのを感じた。しばらく目を閉じてそうしていたが、落ち込みそうな気持ちを振り切るように勢いよく立ち上がった。
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