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 マナブのことを考えると、浮かれた気分に墨を落とされたような気持ちになる。弘樹があの新作を上げた日から、彼からの反応が無くなった。やはり自分の作品がパクられたと思って距離をおかれたのだろうか。だけど、どうしたら良くなるのか弘樹の作品を見ればきっと勉強になるはずだ。これからも教えてあげられることは多いと思うのに、もったいないな……。  はたから見れば勝手な言い分に聞こえるかもしれないが、弘樹は本気でそう思っていた。崇拝しているといってもいいくらい熱心に弘樹を追いかけてくれていた〝マナブ〟だ。結局のところ許してくれるだろうと高をくくっていたし、今まで通りでいてくれると勝手に思い込んでいた。こうして反応が途絶えてしまうと、しょせんその程度の熱だったのかと身勝手に彼を責める気持ちが湧いてくる。そうして心のどこかに隙間風が吹くほどに、彼の存在は大きかったんだなと、あらためて思い知った。  寂しく思うのと同時に、少し怖くもあった。もし予想以上にマナブの反感を買っていたらどうしよう。六機に盗作されたんだと声をあげたら? フォロワーもいない彼だから数で押されることはないだろうけど、可能性が無くはない。唯一のつながりのSNSでその動向が追えなくなった今、不安は消えなかった。  列が動いた気配がして顔を上げる。今度はひとりで来ていたサラリーマンの番だ。彼は案内にきた店員と何やら話をしていた。やけに背の高い男だな、後ろ姿を見ながらそう思っていたら、彼がこちらを振り向いたので驚いた。弘樹を指さしながら店員とまた話した後、思いがけず男が話しかけてきた。 「あの、すいません。ふたり掛けの席が空いたみたいなので、相席しませんか?」 「え?」  混雑しているランチタイムの相席は別に特別なことじゃない。でも大抵が店員にお願いされるか、後から来たほうが先客にお願いするかだ。こうして先に食事にありつける客に誘われるのは珍しかった。 「……いいんですか?」  にこやかに弘樹の様子をうかがっている男におずおずと聞く。時間が無くてあきらめかけていたのだ、少しでも短縮できるなら願ってもないことだ。 「ええ、もちろん」  その男はやけにうれしそうに答えると、なぜか弘樹の腰に軽く手を当ててエスコートするように店の入口に導いた。 なに?  違和感に驚き振り向いてその手を確認した弘樹だったが、すぐに手は離れていった。えんじ色ののれんをくぐるとカウンター席とテーブル席が四つある店内は満席で、言われた通り奥の壁際のふたり掛けのテーブルだけが空いていた。相席を申し出てくれた男はもう席について椅子を引き出している。 「あ、失礼します」  ぺこりと頭を下げて弘樹もその向かいに腰を下ろした。
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