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 店員が言うにはランチはちらし寿司一種類だけしかないそうなのでそれを頼んで、渡してくれたおしぼりで手を拭く。店内は白木を使ったインテリアで清潔感があって、さすが高級店といった趣だ。カウンターの中で作業をしている大将もきびきびしていて動きに無駄がない。見るからに美味いものが出てきそうな店だった。  しかし……なぜこの席はこんなにも窮屈なのだろう? 弘樹はじりじりと椅子の位置を下げながら思う。さっきから前の席の男の膝が微かに触れていて気持ちが悪い。男ふたりが座ることを想定してないよな。いや、この男がデカすぎるのか? ちらっと顔を上げて相席の男をうかがう。  ゆるく癖のある長めの前髪を無造作にかき上げてカウンターの中を見ている彼は、はっきりした目鼻立ちをしていた。ワイシャツをまくって頬杖をつく腕には高そうな時計をしている。時計の上には皮で編んだおしゃれなバングルを重ねづけしていた。雰囲気がだいぶチャラい。俳優してますと言われても、ああやっぱりねと納得するくらいの色男だ。  弘樹がじっと観察していたのに気がついたのか、男は向き直って弘樹ににこっと笑いかけてきた。慌てて視線をそらすとちょうどふたり分のちらし寿司が運ばれてきて、自分と、男の前に置かれる。 「わあ、うまそうですね!」 「え?」  まさか話しかけられると思わなくて男を見ると、「それです」と指で目の前の小ぶりな桶を指された。 「あ、ああ、そうですね」  びっくりしたなと思いながら割り箸を手に取って割る。改めて美しく盛られた寿司ネタを見ていたら、男がぽつりと言った。 「写真とらないんですか?」 「……は?」  ぎくりとした。  何でいつも写真を撮ることを知っている? そう思ったが、食事の写真を撮ることなど何でもない当たり前の光景だ。こんな映えそうな料理ならなおさらだよな、と思いなおす。 「……そうっすね。撮ります」  そうして弘樹がポケットからスマートフォンを取り出すと、男もおもむろに自分のスマホを出して構えた。やっぱりそうか。彼も写真が撮りたかったから弘樹に促したのだろう。つややかなまぐろやサーモンやいかが美味しそうに見える角度を探ってスマホを傾ける。夢中になって何枚か撮っていると、パシャと向かいからも電子音が鳴った。男はどんな風に撮っているのか気になって頭を上げると、またパシャと音が鳴った。 「え?」  驚きのあまり声が出た。男のスマホのレンズはテーブルの上ではなく。弘樹の方をまっすぐに向いていたからだ。 「な、なにして……」  撮られた? なんで?   見ず知らずの人間にいきなり写真を撮られて狼狽する弘樹に、男はうれしくてたまらないと微笑みながら言った。 「SNSにあげるんですよね。楽しみだなぁ。ずっと想像はしていたんですけどね、こんな風に写真撮ってたんだ。〝六機さん〟って」 「あ」
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