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心配して損した。弘樹が想像していたよりずっと、〝マナブ〟は普通の常識的な人間だったらしい。というかお人好し? やっぱり弘樹のファンすぎて作品をパクったことを何とも思っていないのだろうか。それとももしかしたら、弘樹がアップした漫画が彼の作品を下敷きにしていることにさえ気づいていないのかもしれない。ストーリーラインは同じだがキャラの外見は変えているし、コマ割りはほぼ原型が無いから、似ているなと思うことはあるかもしれないが、わかっていないのかもしれない。
ふふ、と口元をゆるめながら弘樹は思う。
きっとそうだ。その辺は慎重にやったからな。そうして二通目も開いて目を通すと、弘樹の笑みはさらに深くなった。
『しつこいかもしれませんけど、マジで六機さんに会えてうれしかったです! ちょっと興奮がおさまらないのでテンションおかしいかもしれませんが、もっと書きます』そうはじまった二通目は、ランチの投稿を見て自分と生活圏がかぶるかもしれないと知ってうれしくて、弘樹の行きそうな店に自分も行ってみていたこと、それについてはストーカーじみていてすいません、と謝罪してあった。そして、ずっと昔からファンでやり取りを続けるうちに、友達のように思っていることが、喜々として書いてあった。
読んでいるうちに気恥ずかしくなってきて、上気する頬をこすりながらひとり言がこぼれる。
「……変なの」
あんなにみんなに憧れられそうな容姿をしていて、生活もちゃんとしていそうな男が、こんな自分みたいな人間にそこまで思い入れてくれるなんて。おそらくふたりが同級生として出会っていたって彼は弘樹に見向きもしなかっただろう。クラスのカースト上位とほぼ底辺だ。それなのに今こうしてSNSでつながり合える不思議と、小さな感動を弘樹は味わっていた。
しかも弘樹に会った印象については『あんなに精力的にすごい作品を描き続けてくれている六機さんが、思ったより華奢で美しい顔立ちをされていたので驚きました』、そう書いてあった。
「華奢で美しい……」
まるで女性にあてたラブレターのようだ。
「なにそれ、恥っず……ほめ過ぎだろ」
そんなことを言われたのはもちろん生まれて初めてだ。彼は視力が悪いのかなと思いながらも、にやけてしまうのが止められなくて、火照る両頬に手を当てる。これがマナブの容姿を知る前だったら確実に引いていた。でも、あんなモテそうな男にそう言われると、男の弘樹でも舞い上がってしまうのだから恐ろしい。
「イケメンまじでやばいな」
鼻歌がこぼれてしまうような楽しい気持ちになりながら、最後の三通目をクリックする。そしてさっと斜め読みをして、弘樹の動きは止まった。
ドックンと心臓が跳ねて、急転直下、指先が冷たくなる。
『僕の漫画、気に入ってくれたんですね』
書かれていたのはそれだけだった。
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