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「はっ、はい。ランチ……はい……」  何だったんだ今のは。弘樹はにわかに速度を増した心音に怯えながらワイシャツの胸のあたりを握りしめる。 「あの……マナブさんってもしかして外国のひとだったり……」 「あーやっぱりわかります? 僕の日本語おかしいですか? 母親が日本人で昔少しだけ日本に住んでたことはあるんですけど、ずっとアメリカのど田舎で暮らしてました。こっちで住み始めたのは三年前からなんですよ。よくアクションが大きすぎるとかオーバーだとか言われますけど、気になりますか?」 「いや、はい、あの……ぜんぜん」  答えながらやっぱりそうかと納得していた。微かに感じていた違和感の正体や、さっきのあの、男なのに妙に色っぽいと言うか、なんとなく直視できないような雰囲気は、日本人が大げさと感じがちな感情表現のひとつだったのかもしれない。 「別に隠していたつもりは無いんです。向こうにいた頃から六機さんの投稿はチェックしていて、何万キロも離れているなんて感覚がなかったんですよね。あなたの存在はいつもずっと身近でした。日本に来て慣れない環境になじめなかったときでも、六機さんの投稿を見ると、会った事もないのに近くに友達がいるみたいですごく心強かったんです」 「ああ、だから……」  こんなにも自分を良く思っていてくれるんだなと合点がいった。得体の知れない存在だったマナブの素性がわかって、少しほっとする。今なら言えるかもしれない……言うしかない。弘樹はぐっと腹に力を入れると、ついに切り出した。 「あのっ! えっ…あっ、き、共作にしたらいいと思うんですよね!」  最初の声はぶざまにひっくり返った。「きょうさく?」と何のことだかぴんときていない様子のマナブに畳みかける。 「ほ、ほんっとうにストーリーが良かったんで、共作にするのがいいと思います。フォロワーも期待して待っててくれるし裏切れないし。じゃないと俺、もうショックで描けなくなると思いますし。そんなのダっ、ダメだし……」 「…………」  弘樹は必死で、自分が何と言ったかもわかっていなかった。ただ言おうと思っていたことを思い出した順に口に出すのが精一杯だった。 「んーん」  タメ口のような相槌は、向こうの人だからだというのが今はわかる。マナブは口元に手を当てて主語もない弘樹の言いたいことを推し測っているようだった。  伝わっただろうか? 多分無理だ。  もっと説得できるようなこと言わなくちゃ。焦って口を開こうとしたとき、マナブが画面の中から弘樹ににっこり笑いかけた。 「それについては、僕ももう少し考えさせてもらいたいんです。だって、あなたが作品に情熱を注いでいるのと同じように、僕にだって作品に愛着がありますから。アイデアとそれにかけた時間と……権利を簡単に捨てたりしたくないな」
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