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――権利。
「羽村君また夜更かし? 今日は一段と顔色悪いけど大丈夫?」
隣の席の課長に心配そうに言われる。
「……大丈夫です」
「昨日も具合悪そうだったよね。何かあったら有給使って休んでいいんだよ」
「……はい」
課長の心配そうな顔に愛想笑いで返す余裕さえなかった。
確かに夜更しはしてしまったが、漫画を描いていたのではない。昨日マナブとの通話を切ってからの弘樹は抜け殻のようにしばらく呆然としていた。
権利? 彼の言葉が頭の中をぐるぐると回り占拠する。権利ってやっぱり……。それからずっとネットで著作権やパクりにまつわる事例について調べることがやめられなかった。マナブははっきり言わなかった。だけど暗に、自分の作品には著作権があって弘樹がそれを侵害していると示唆したのに間違いない。
色々調べても難しすぎて曖昧すぎてけっきょくのところ良くわからなかった。ただ「どうしよう、どうしよう」と焦りばかりがつのって一睡も出来なかった。それでもなんとかイラストを一枚更新したが、散々な出来だったに違いない。見直してさえいない。
時計が十二時を指し、昼休憩をとる同僚たちが立ち上がる気配で我に返る。いつもだったら一番に会社を出る弘樹が席にいるのを見て、課長が珍しそうに言った。
「羽村君今日は? お昼一緒に出る?」
財布を持って上着を着る課長に、微妙な笑顔で返事をする。
「すいません。今日は……約束があって」
「あらそう? じゃあお先」
ほとんどの社員が出てしまい、ところどころ灯りの落とされたフロアを見渡して、弘樹もノロノロと席を立つ。
取り出したスマホにはついさっき届いたメッセージが表示されていた。ちらっと差出人を見て、深くゆううつな息を吐く。
『先に会社の下に着きました。待ってます』
マナブからのメッセージだった。
行きたくない、もう関わりたくない、それが本音だ。
SNS上のつながりだけなら切ることは簡単にできる。でももう会社まで知られてしまった。今さらどうすることもできない。残された道はどうにか彼を懐柔することだけだ。
俺にできるのかな?
のろのろと進まない足取りでエレベーターを下り、ガラスの自動ドアをくぐった先に見たのは、スマホを手に立つ、まるで何かの撮影かと疑うほどさまになったマナブの姿だった。
はぁ、と溜息を吐いた弘樹を見つけた彼は、にこっと顔全体で笑って手を上げる。
「……すいません。お待たせしました」
ぼそっと言いながらおざなりに頭を下げる弘樹に、「いいえ、こちらこそ。仕事大丈夫でしたか?」、と気遣うマナブの手は、自然に弘樹の腰に添えられていた。
また? そんな所を誰かに触られた記憶はせいぜい中学生くらいの友達同士のじゃれ合いでしかない。違和感しかなくて思わず振り返った弘樹に、おっと、と言いながらマナブは両手を胸の前に浮かせた。
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