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1Kの単身用マンション。掃除が行き届いているとは言い難い部屋の風呂場で、シャワーを浴びる。
おもいきり熱い湯をあびたい。それなのに水圧が上がらない。ますます苛立つ気持ちをもてあましながらおざなりに頭と身体を洗い、タオルで水滴をぬぐうのもそこそこに部屋に引き返した。
一人暮らしだ、服を着なくたって誰にとがめられるわけでもない。真っ裸で髪を拭きながらすぐさまスマホを手に取る。家では年中充電器につながっているそれを確認するが、コメントの通知は無かった。ピタも増えていない。
「あーもう。なんだよ……」
スマホを持ったままベッドに倒れこむ。
うつ伏せになって顔だけ横に向け、親指で自分の投稿した作品までスクロールした。
今日アップした漫画のページは次の山場までのつなぎみたいなシーンだったから、魅力的なコマが無い。だからかな。でも力を入れて書いた人気のあるキャラのサービスショットもあったのに、どこが駄目だったんだろう?
正解なんてわからないから考え出すとキリがない。
時刻はとうに真夜中を過ぎている。もう寝ないと明日の仕事に響くのはわかっている。だが、眠気はさっぱりやってきそうになかった。
◇◇◇
弘樹が趣味で某アニメのパロディ漫画を描き始めたのは、もう十年も前のことになる。
中学生の時に何気なく見たそれにハマって、アニメ雑誌を漁りネットで掲示板を調べるうちに、気がついたら描かれていない場面や続きを想像して自分で漫画に描くようになっていた。
ペンネームは『六機』に決めた。弘樹の〝ひ〟を取って『ろっき』。最初から今も、それはずっと変えていない。
高校生の頃は勉強そっちのけでその世界にハマりこんだ。自分以外にも同じジャンル、つまり同じアニメを元ネタに自費出版をしている仲間がいることを知り、二次創作の作家が一堂に集まるコミケの存在も知った。自分も同人誌というものを作ることを覚え、もともと絵心があったのも手伝って、気づけばその狭い界隈ではまあまあ名を知られる存在になっていた。
ちょうど大学に入学した頃から、誰でも作品を投稿できるSNSが流行りはじめた。知り合いたちが次々に使い始めアカウントを開設していく。最初は様子をうかがっていた弘樹だったが、どんぐりの背比べだと思っていた同人仲間がたくさんの反響をもらって祀り上げられていくのを目の当たりにして、遅ればせながらはじめてみた。
作品を上げた瞬間、反応があって驚いた。
最初にコメントをつけてくれたのは 〝マナブ〟というユーザーだった。
『まさかの六機さん‼ めっちゃファンです♡♡♡ SNSで会えるなんて感激です』
胸が高鳴った。肌がざわざわする。ひとりきりでいる部屋なのに、まるでこの誰だか知らない会ったこともないユーザーが隣にいるようだと、そう感じた。
『どうも六機です、はじめまして。これから新作上げていきますんでよろしく☆』
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