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「ごめんなさい! こういうの嫌いですよね。距離感無視するのって外人っぽくて僕も気をつけているんですけど、つい……」  そうして頭をかく彼は本当に気にしているらしく、しょげて見えた。  こんなにかっこいいのだからそういうキザな動作だって正直似合う。きっと女性相手なら大うけするに違いないのに、弘樹相手にそんな些細な事で反省している姿は、なんだか可愛くも見えた。 「別に……気にしてませんよ」 「本当に?」  ずいっとかがんで目の前に顔を持ってこられて焦る。反射的に目をそらせる。 「はい……」 「良かったー! あ、こっちの奥なんです」  そう言いながらマナブの手が今度は後ろから弘樹の肩に回る。ぐっと大きな手で掴まれて方向を変えられた。  細い裏道に入ってからもそのままの手に身体をこわばらせながら、「あのー……」と横目でマナブを見る。  気にしてないとは言ったが暗にやめて欲しいとひそめた眉に込めたが、「ん?」と笑顔で弘樹を見るマナブには通じていないようだった。  肩に手をおかれているせいで身体が密着している。まだ会うのは二回目なのに、親密すぎる距離に緊張して頬が熱くなってくる。しばらくぎくしゃくと足を運んでいたが、だんだんとばかばかしくなってきた。徹夜のせいでずきずきと重く痛み始めたこめかみを揉みながら思う。  しょうがない。きっと文化の違いなんだ。肩を組むくらいなら友達とか先輩のパワハラまがいのコミュニケーションに見えないこともないだろう。  それに――こうしてマナブから距離を詰めてきてくれるのならチャンスなのだ。仲良くなって弘樹を信頼させられるのなら、これぐらいなんてことはない。  そうだ。これはただの気軽なランチじゃない。目的を果たさないと。 「ほらここなんですよ。見て。オープンしてるかわからなくてけっこう入りづらいでしょ? でも味も良いしとにかく山盛りなんですよ」  はしゃいだように言いながらマナブの手にまた力がこめられる。三十センチの距離に迫ったその整った顔にぐっとのけ反りながら、弘樹はどうにか作った笑顔で応えた。 「……はは、すごーい」 「六機さんに気に入ってもらえるといいけどな」、そう言いながら先に暖簾をくぐるマナブの背中を、じわり吹き出した額の汗を拭いながら見る。頭痛に加えて急にすごく緊張してきた。ドックドックと鳴る心臓に手を押し当てて弘樹は密かに息を吸い込む。  今までマナブみたいなタイプには接したことがなかった。そもそもこんなにレベルが違うイケメンは見たことが無い。堂々としていてマイペースで、道行く人が振り返るほど目立つのに、周囲の人間の視線をまったく気にしていないのはすごい。  周りを見ていないかとそうでもなさそうで、弘樹には細やかな気遣いをしてくれる。その態度に押しつけがましさはなく、きっと当たり前のこととして同行者をもてなす術が身についている。
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