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 ――眠れなくなるほど。  その通りだ。弘樹は眠れないほど悩んでいた。苦しんでいた。 「僕は、ただのファンでいられればいいと思っていた。だけどこうしてあなたの姿が知れて、声が聞けて、話ができることがこんなにも素晴らしいことだとは思わなかったよ。あなたの心を僕が揺らせることが、こんなにもうれしいことだとは思ってもみなかった。例え負の感情だとしてもね」 「そんな……」  マナブの言っていることがわからない。  急に強い不安が襲ってきて、苦いものが弘樹の喉元をふさぐ。 「漫画を使われたことは、僕は別にいいんだ」 「えっ?」  思わず腰を浮かせかけた弘樹の手をぐっと引いて座るようにうながしてから、マナブは誰もが見ほれるような優しい笑顔で弘樹に言った。 「全部あなたにあげてもいいよ。見た通り僕の絵はお話にならないくらい下手なんだ、価値はないよ。ストーリーはどうやら六機さんに気に入ってもらえるくらいの才能があったみたいだけどね」 「あ……ほんと?」  警戒しなければいけないとは思いながら、弘樹は歓びが隠せなかった。それが本当ならば、ここ数日の悩みが全て解消される。  頬を上気させる弘樹を、マナブは目を細めて見る。 「よろこんでくれる? 実はあの話には続きがあってね、主人公のリクは自分の親を殺した罪の意識に耐えきれなくて闇落ちするんだ。それを今度はヒロインが助け出すために旅にでる。立場が逆転するんだよ。どう思う?」 「ああ、いいね! すごく面白くなりそう! 何も出来ないと思い込んでいる彼女が強くならなきゃいけなくなるんだ。仲間も同じ?」 「いろいろ考えているよ」  弘樹の頭の中は、あっという間に物語の世界に飛ぶ。あのキャラクターが悪役になったらどんなデザインになるだろう。髪の毛を黒くベタ塗りにして隈取みたいに顔に模様を入れてみようか。武器も変えよう。英雄っぽい聖剣から、鎖がまの二刀流とかにしてみようか……。  マナブに掴まれた手がずっとそのままになっている不自然さも忘れて弘樹は想像を巡らせる。「六機さん」ともう一度手を引かれて我に返った。 「その話も、僕が作ってあなたが描けばいい。ずっと連載が続けられるね?」 「ほんとうに⁉」  降ってわいた思わぬ幸運に弘樹は舞い上がった。 「絶対面白いのになるよ! 俺わかるもん。絶対に人気出ると思うよ!」  興奮して声を張り上げる弘樹にマナブは笑って、「もちろん。六機さんが描いたらね」と言った。 「それとね」 「なに?」  おまけのように軽く続いた言葉に、弘樹は満面の笑みのまま耳をかたむけた。 「フェアじゃないから先に言っておくね。僕はゲイなんだ。恋愛対象が男性。そう言ったらわかっちゃうかな? 六機さんのこと……本当は友達以上に思っていたよ。会ったらますます確信した」  どうかその先は言うなと弘樹は願った。  すっと気温が下がった気がする。体がこわばる。何もかも想像以上に上手くいって楽しい気分なのに、台無しにしてくれるなと祈った。  だが反対に、やっと言えたと安堵した表情で彼は言った。 「僕は、あなたが好きだ」
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