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 恋愛感情と、キャラクターに感じる〝萌え〟の感情は何が違うのだろう。  心が同じ反応を示すのなら、その人間にとっては同じものと言っていいのだろうか?  心がぐらぐら揺さぶられてその運動で脳みそから何から熱せられ、湯気を立てる勢いでそのキャラもしくは作品のことしか考えられなくなるのが弘樹の〝萌え〟だ。何が好きでどんなことを考えるのか、延々考えて身体の中に溜め込めなくなってついには漫画にしてしまうまでが、弘樹の〝萌えによる行動〟だ。  しかし、これまで、そんな強い衝動を生身の相手に感じたことはない。  可愛い女の子には目が行く。胸が大きいなとかスカート短いなと思う場合も目が行く。だけど、行動を起こすほどの気持ちを女の子に感じたことはなかった。女の子の方も弘樹には興味がないらしく、学生時代も接点がほとんどないまま今に至る。 〝六機〟のファンの子もいるにはいた。コミケで知り合う機会はあったのに今までつきあったこともなかったのは、やっぱりそこまで感情が動かされなかったからなのだろう。単純にめんどくさいが勝つ。当然のように二十歳を過ぎても童貞。だけどそれがどうしたと、弘樹は別に気にもしていない。  もちろん――自分が男とどうにかなるなんて、考えたこともなかった。 「でね、昨日のぶんはほらここ、洞窟に水が流れ込んで足元が崩れるのを、見開きでバーンと見せたかったの。そうするとさ、次に驚くリクの顔が来て、はいつづくってね? きっとヒキが良かったからアクセス数稼げたんだよ。一日で三千越えってすごくない?」  顔を寄せ合って見ていたスマホをテーブルの上に投げ出すと、弘樹はソファーの上で弾むように身体をゆすりうれしさを表す。向かいに座っているマナブは、にこにこと頬杖をつきながらそんな弘樹を見ていた。 「あ、まずい。また先に話はじめちゃった。冷めちゃうね、ごめん。えーと写真、写真と」  スマホをかまえながらマナブの視線が気になって弘樹は言う。 「先、食べててよ」  マナブはそれには応えず意味ありげに微笑むと、自分のスマホをいじりながら表示された文を読み上げた。 「『六機さん最近の写真、料理がふたりぶんなんだけど……あやしい』『もしかして彼女? 社内恋愛? やば』『まさか! 六機に限って? おまえだけは信じてたのに 涙』、だってさ」  にこにこしながらこちらに向けられたのは、最近のランチの投稿につけられたフォロワーからのコメントだ。 「……あはは、えー」  言葉を濁す弘樹は腋の下に冷や汗をかいていた。まさか自分の投稿がそんな〝匂わせ〟のような意味でとらえられる日が来るとは思ってもみなかった。 「僕のぶん離す? それともあえて乗っちゃう?」
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