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 身を乗り出してからかうように弘樹の顔をのぞき込んでくるマナブの顔をひとにらみしてから、弘樹は彼の注文したロコモコ丼をずいっと奥へ追いやる。 「離す」  あはは、冷たいなーと楽しそうに笑っているマナブだが、本当はどう思っているんだろうと勘ぐってしまうのはしょうがないことだと思う。  だって彼は、弘樹の事が好きなのだ。正面切って告白された。だが弘樹はそれについて何も返事をしていなかった。 ◇◇◇  あの後、思考停止に陥り固まってしまった弘樹のせいで、気詰まりな沈黙が続いた。マナブはそんな弘樹の様子をうかがっていたが、困ったように前髪をかき上げると言った。 「あー……なんか、ごめんなさい。そんなに深く考えないで。僕はただ……知って欲しかっただけ」  少しトーンの落ちたマナブの声色に、弘樹は顔を上げる。 「いや……っていうか、俺も、その、よくわかんなくて……」 「うん、理解できます。いきなりそんなことを言われてもわからないよね」 「……はぁ」  それきり会話は途切れがちになり、気まずい雰囲気のままマナブと別れた。  そして2人はまた、ただの同人作家とフォロワーに戻った。  本人の許しももらったのでオリジナル漫画の連載も再開して投稿すれば、今まで通りマナブは一番にピタとコメントをくれた。それだけ。  マナブはあの日の事に一言も触れなかった。内心恐れていたが、弘樹に返事を迫るようなことはしてこなかった。  だからこれでいいのだろうな、と弘樹は思う。  だって、自分が彼の気持ちに応えられるとは思わない。というか、応えるって何だ? 何をすればいいのかわからない。マナブのことを好きになれればいいのだろうか? 彼の愛情を受け止めればいいのか? 恋人同士みたいに手をつないで、キスをして、エッチもするのか? 「……無理」  つぶやいて作業中のペンタブレットの上に伏すと、ゴンとおでこがぶつかって鈍い音がした。  二次元の女の子とならエッチなことだって容易く想像できる。リアルな女の子もAVを見ればだいたいわかる。だけどあのマナブさんと自分がそういうことをするなんて、人より相当豊かだと自負している想像力を駆使しようともひとつのイメージすら出来なかった。  気持ち悪いと思うわけではない。それより怖いと思う。何か本能的なブレーキが自分を止めている気がする。それ以上踏み込んだら取り返しのつかない何かが起こる予感がするのだ。「きっと俺、男は無理なんだよ」つぶやく言葉はわかりきったことなのに、まるで自分に釘を刺しているようにも聞こえた。  マナブとはこのままの関係でいい、ビデオ通話で十分だしもう会わない。そう決めたそのとき、メッセージが届いたことを知らせてスマホが震えた。弘樹はびくっと身体を震わせて恐る恐る手に取る。きっとマナブからだとなぜか直感していた。  開いた画面に表示されたのは思った通り彼からのメッセージだ。 『お久しぶりです。明日ランチいかがですか?』  断らなければいけない、そう思うのに指が動かなかった。しばらくそうして固まっていたが、弘樹が意を決したように打った文字は、『OKです』だった。自分でもなぜそうしたのかわからない。決意が変わることを恐れるようにその短文を急いで送信する。
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